ランニング

2013年3月11日 (月)

京都マラソン

2013年3月10日「第2回京都マラソン」。この大会に向けて今年はトレーニングをやりきった気持ちで京都に向かった。結果はちょっとほろ苦い気分を味合うものだった。

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前日の京都は気温が23度と5月並。しかし当日は雨の予報があり、最高気温が16度で、日中の最低気温がそこから10度ほど下がるもの。あいにく自宅からランニング用の水を通さないウィンドブレーカーと薄めの手袋を忘れたのに気づいたのは当日の朝。苦肉の策でトレーニングで使っている長袖の上にこの大会の為に買ったアシックスの新作のウェアを着る事にした。これがタイムに影響を与えるとは....。

私は皆さんに申し訳ないけど被災者枠で抽選なし、支払いなしで登録されている。今回も被災者枠があることで二度と走らない、と昨年決めたのにまたエントリーした次第です。ありがたいのはスタート前に3.11の被災者の方のための黙祷があること。京都では当時風評がひどくて、福島県時代の高校の同級生(京都在住)が「京都の人間にはあいそつきた」と言わしめるほど、放射能には全然関係のないものまで敬遠する風潮があったらしい。その京都で黙祷をすることが(福島県出身の)私には救われる。

今年の目標は4時間30分。1ヶ月以上前の30キロトライアルで3時間13分なので達成可能だと思った。このタイムなら昨年より1時間近く縮める事となる。昨年は5時間18分。

スタートは順調だ。1キロの通過タイムが6分と20秒ほど。キロ6分をキープが自分の鉄則だけど、スタートはどうしても混雑で遅くなる。3キロは18分30秒。悪くない。

8:30スタートから30分も経つと暑さで汗がにじみ出てきた。昨年の失敗を思い出して、すぐに脱ぐ事にした。しかしゼッケンをつけておく必要があるので、沿道に退避して半袖と長袖を脱いで、半袖を来て長袖を腰に巻く事に。これに手間取る。3−4分使ってしまった感じ。ウィンドブレーカーなら走りながらさっと脱いで巻けば良い。

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昨年同様、京都嵯峨芸術大学では素敵な応援が!

「京都マラソン」と銘打っていて京都らしい景色はなかなか少ない。竹やぶは本の一瞬だけど。

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そうそう、これはまさに京都ならでは。

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お坊さんが横断幕を持って手を振ってくれています。結構元気出ますね。ありがたい。

走り始めて1時間30分ごろに空が暗くなり、いきなり大粒の雨が降ってきた。帽子もウェアもシューズもびしょ濡れ。そんな状態がだいたい10分から15分続いた。危ないのでカメラの入ったポーチはウェアの中に退避。

その後雨は小康状態になるも、降り続く。そのうえ北風が吹いて体温を奪い始める。浦安のトレーニングで風はお手のもの。気にならない。でも気になるのが体温の低下。冷えてトイレの問題も出てくる。膀胱が縮むんでしょうね。結局2回トイレに行ってしまうことになった。

この大会は坂が多い。勾配はそれほどでもないが、長距離の坂。坂対策をやっていたつもりだけどこれがだんだんと負担になってくる。特に大変なので宝ケ池の坂。これは走るというか早歩きでやりすごした。

登りきると給食が。

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4種類ほどの生八つ橋。少し心が落ち着く。

そしてこの勾配を下り。

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登りもそうだけど、みんなよく走るなぁ、と関心。この低い雲は盆地の京都ならではなんでしょう。

坂を降りて落ち着いたところで風に負けてしまい、腰に巻いた長袖を着る事に。また脱いで着てを。ここでも時間を取られる。

そしてこの大会の「不評」なコースがここ(下写真の左側がコース)。

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鴨川沿いの土。雨が降るとグチョグチョに。この日は昨日の天気でかなり乾燥していたようで、適度に雨を吸収してくれていた。

頭が下がるのがこのボランティアの皆様です。我々は走っているからまだいいけど、この風雨の中立ったまま何時間もサポートしてくれるのは大変だと思う。本当にありがたい。若い人が多いのは学生が多いこの京都ならではなんだろうな。

さて内容。25キロまでは好調だった。4時間30分を少しオーバーするぐらい。残り10キロで体力が残っていたら少しスピードを上げれば挽回できると思っていた。

しかし20キロ地点からあり得ない左ひざ痛が出始めて気になる。結局25キロで両膝に。30キロランでは出なかったのに。大会の雰囲気と坂のせいだろうか。

耐えられなくなって30キロで失速。キロ6分がキロ8分ほどに。残り8キロほどは1キロ毎に「あと何キロ」とつぶやくしまつ。

残り2キロで時計表示があり、今の自分の状況を客観的に見て愕然とする。あと2キロを12分で走らないと5時間を切れない。

そこで加速をするが、500メートルと続かない。以降は「加速」「減速」の繰り返し。

残り500メートルで昨年天国に行ったボーダーコリーのリンちゃんが現れる。この2回ほどの大会で苦しくなると出てくるようになった。実は前日に京都市内で同じサイズのボーダーコリーを散歩している人に出会った。そんなこともあり思い出したのか。私はこの現象を「リンの降臨」と密かに名付けています。

リンちゃんは私を振り向きながら先に走り、「お父さん先に行くよ。ほら頑張って。」と励ましてくれているの。次第に涙が込み上げて来る。「リンちゃんありがとう。でも全然ダメだ。」と力が入らない。

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ゴールをしてみたら5時間2分。自分の時計では4時間51分。この差はスタート地点までの時間差と、トイレタイムで時計を止めていたから。

とにかく昨年よりも30分ほどタイムは縮めたもののやりきった気持ちになれなかった。昨年よりトレーニングをして、それでもこれかよ、と自分を責める。

ただ自分の力が少しついたな、と思ったのは足が痛かった割には引きずるほどになっていないこと。昨年は階段が登れなかったけど、今年は全然そんな事はない。ダメージが少ないということ。逆に考えるともっと頑張れたのか。

しかしこれ以上のタイムを出せる気がしない。仕事をしながらランニングのトレーニングの比率を高めるなんて考えられない。早朝会議は週に2回ほどあるし、9時前に帰宅はなかなか難しい。年末はギターの発表会があるので朝と夜はギター弾きたいし、週末試合があればサッカーに関わっていたい。

いったい記録の良い皆さんどうしているのでしょうか?よきアドバイスをお願いします。

来年はたぶん東京マラソンにチャレンジします。チャリティーです。今回ランニング仲間と話していて、「京都に移動してきて、ホテル代を払い、外食をして結局10万円近く使ってるよね。」と言われて「なるほど、そういう考え方もある」と妙にチャリティー10万円について納得をしたのです。チャリティーはちゃんと使い道が支援の為になされているし、そう考えると「なんで10万円」と聞かれたときに答えられる。うん、そうしよう。

と疲れているのに前向きな私です。

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2012年11月 3日 (土)

第7回那須塩原ハーフマラソン

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今年は会社の仲間たちと12月にホノルルマラソンに挑戦する。そのために例年よりも早めのトレーニング開始となった。

だいたい1ヶ月前にハーフマラソンで調整をするのだが、そのちょうど良いタイミングで那須でハーフマラソンがあったので早速参加することにした。

前日に那須に入ったのだけど、着いてからシューズを忘れた事に気がついた。ウェアは様々な気候を想定して十分な準備をしてきたのに、足下をしっかり出来ないとは情けない...

ともあれ古いスニーカーがあったのでそれで間に合わせた。

那須の朝は寒い。起きたときには那須は摂氏3度。こりゃ真冬並みだ、と思って着込んだのだけど、スタートは那須というより黒磯だし、情報では平坦、と書いてあったので山ではない。つまりそれほど寒い訳でもなさそうだった。

参加人数は2000人。主に那須近郊の住民の方と福島県からの参加者が多いようだった。ちなみに私は一人で参加。千葉県は数人登録されていた。

朝が寒いからかスタートは10時と遅め。そのためやはりそれほど寒くなく、体感温度は10度ぐらいか。昨日風がひどく荒れていたのに比べて風はおとなしく、晴れ間も見えて絶好のマラソン日和となった。

スタートして最初の1キロは6分弱。今回の目標は「調整」目的なのでキロ6分を維持する事。つまり2時間6分ぐらいとしてある。(約21キロだから)

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コースは単純。前半は那須の山に向かってひたすら走り、後半はコースは違うけど逆に戻ってくる。コース解説には「比較的平坦で記録が狙いやすい」と書いてあった。2、3キロ走ってそれは嘘だ、と思った。何故なら山に向かうのに平坦なはずがないじゃない。見た目平坦なんだけど、実は勾配1度ぐらいの上りが延々と続いているのだ。

キロ6分を維持しているつもりがその分かりにくい勾配のせいでだんだん遅くなることに気づく。7キロ時点で44分ぐらい。

ちょうど上の写真のあたりは左側が畑や牧草地。ほんわか、と牛さんのあの臭いが漂ってくる。こりゃ呼吸が苦しいです(笑)。

9キロ地点で56分。このままでは2時間6分が危うい!なにが記録が狙えるだ?と思いながらどうしようかと考えても仕方がない..。しかし

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那須の山から左折をして少し走り、次に山を背にしてスタート地点に戻る訳だけど、ちょうど9キロ手前ぐらいから山に向かう方向からはずれた。とたんに体が軽くなる。つまり8キロ以上の軽い上りだったのだけど、平坦から下りになるわけです。

やたらとスピードに乗り始めた。そこで納得。体力のある前半は軽い上りでペースをなんとかキープしたら後半は楽になるから記録が出やすいのかと。

そうなるとだんだん心配になる事が。下りはどうしても着地で足に衝撃が来る。膝に来ないかな。しかしスピードに乗ったらもう止められない。

10キロからキロ5分ペースになる。

残り5キロは平坦になってしまったけど、出てしまったスピードを落とす訳にもいかず、そのままスピードを維持しながらタンタン、とペースよく走れた。これで借金も返せるだろう、と考えながら時計を見るのをやめてしまった。

最後の3キロはどうにでもなれ!って感じ。

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ゴールして時計を見たら2時間0分9秒。残り1キロで時計見とけば良かった、と後悔してももう手遅れ。まぁ目標は達成したので2時間切りについては出来なかったけどよしとしよう。

しかし写真右下の人、どうみてもロードバイクの格好だなぁ。靴もランニングシューズではなく、自転車専用に見える。これでハーフを走ったとしたらすごい。

そういえばこの大会、仮装している人が一人もいなかった。

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地方の大会にしてはフルーツのお土産もないし、普通の市民大会、って感じだ。那須の特産品なんか提供したらもっと都会からの参加者が増えて温泉も潤うだろうになぁ、と思うのだけど。那須の特産ってこの季節はなんだろう?栗かな。走っていて目立ったのは柿の木。

ということで私は温泉に。いつも行く「ホテルグリーンパール那須」のお風呂です。500円なんです。

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那須塩原からは20キロほど離れているためか、マラソン参加者は皆無。というか貸し切りでした!この白濁したお湯がいいんですよ。

窓からの景色は絶景!

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フルーツも栗もキノコも米も牛肉もいらない。温泉でゆったりしましょう。次回はぜひ一緒に走りませんか?

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2012年3月20日 (火)

京都マラソン2012 30キロ〜ゴール

21キロ地点で見えた反対車線の32キロ地点にやっとたどり着きました。その間3回の折り返し。あと10キロでマラソンも終わります。

最初の構想では30キロあたりのタイムが3時間20分。残りを1時間10分で走って4時間30分というものでした。

ところが時計をみて自分が信じられません。32キロ地点ですでに3時間50分。5時間を切る事が出来るのか出来ないのか。東京マラソンでトイレタイムを除いた自分の記録が5時間13分。これを上回るのが最低限の目標となります。しかしそれとて怪しくなって来ました。

なんで俺はこんな馬鹿げたことをしているのだろう。さっさと諦めて車に拾ってもらって帰ろう、と真剣に考えました。足の付け根の痛みは相当なもので、歩いているのか走っているのかわかりません。

10日前に30キロを3時間17分で走っています。その時も疲労はしたけどここまでの足の痛みはありませんでした。それが4時間半の根拠なのです。

今回は仕事の都合であまりトレーニングが出来ませんでした。2月は100キロしか走れなかった。その分、短い時間で筋力をつけるために加圧トレーニングを毎週やっていました。Stoic Familyの皆さんに支えられ、つらい加圧トレーニングをこなした結果、ハムストリングスも大腿筋もふくらはぎも、自分ではかなりの筋肉がついていたと思います。ランジを徹底したので、足の付け根の内転筋も鍛えられたはずです。

それなのにどうして30キロでこんなにつらいのか。全く理解出来ませんでした。

おかげで宝ケ池の坂(25キロ)からゴールまで撮った写真はこれだけ。

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これは京都マラソンコース苦肉の策といったコース。鴨川(加茂川の下流)を3キロほど走るのですが、川沿いの道路ではなく、川縁を走ります。横にならんでも2名しか走れない幅。しかも土なので前々日の雨によってぬかるんでいます。これが大都市のマラソンコースなんて信じられない、というのが素直な感想です。靴底に土がまとわりついて走りにくい。

しかしこれも単なる「言い訳」なのは分かっています。つらいから言い訳を探すのです。ここまで来ると1キロごとに止まってストレッチをしないと進めません。坂以外は絶対歩かない、と決めたからです。
そう、同じ日にサッカークラブは千葉県天皇杯で準決勝で強豪と対戦でした。「俺がここで歩いたら、頑張っているサッカー選手に申し訳ない。あきらめて歩いたらサッカーも負ける。走り通したらサッカーも勝つ」と何度も自分に言い聞かせながら折れそうな心をなだめすかしました。
(ちなみにサッカーですが、同点で延長戦にもつれ込み、延長戦でゴールを叩き込んで勝利していました。)

ようやくこの土のコースから上がると35.5キロとなります。頭はもうろうとしており、「あと5キロだ」と思い込んで頑張ります。そんなところ沿道から「あと6.5キロ!」と声援が飛び、また気分が落ち込みます。

今出川通りでは最後の折り返しがあります。これがまた遠く感じる。2キロ弱でしょうけど、全然たどり着かない。給食も取った、パワージェルも4つ消費した。体力は絶対の自信がある、しかし体は重く前に進まない。これがフルマラソンの怖さなのです。

折り返して京都大学までやってきました。気分をまぎらわすために立て看板を一つ一つ読みながら走ります。

そして見えた2キロ手前の給水所。もうここまで来ればトイレの心配はありません。水をコップ一杯ぐびりと飲んでストレッチをしました。

500メートルも走るとなんだかエネルギーが満ちてくるのを感じました。あと1キロ半。明日足が痛くて歩けなくてもいいや、最後に力を振り絞ろう、という最後のあがき、でしょうか。
それまで歩いているのか走っているのかわからない速度、つまりキロ9分ペースだったと思いますが、いきなり5−6分ペースに戻ったのです。
足の痛みも忘れてしまい、ハァハァ言いながらも加速。残り500メートルで思わず涙が出ます。最後思い切って走れた感激。トレーニングの成果がここで出た事の感謝。

あれよあれよと言う間にゴールにたどり着きました。自分の時計では5時間18分。時計を止めたのは1回。10キロ地点のストップしていた時間帯です。

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ゴール後も疲れた感じはありませんよね。
いったい何だったのだろうかと狐につままれた気持ちでした。火事場の馬鹿力、ってわけでしょうか。

翌日新幹線の中で冷静に振り返りました。
そういえば8:30スタート直前にトイレに行き、ゴール後ホテルに帰って着替えてトイレに行ったのが15:30。たいした尿は出ませんでした。
そこではたと気がついた。水不足??

そう、2010年の東京マラソンは寒い雨。京都マラソンのこの日は暖かく天気も悪くない。汗をかいた。でも給水は一口ずつだけ。
事実はわかりません。あくまでも言い訳です。

筋肉を限界まで使ったと思えない事実も。日曜日の大会だったので月曜日は左膝に疲労の痛みがあり、階段を下るのは大変でしたが、火曜日から普通に歩けた。

2週間前の赤羽ハーフの時は終わってから2、3日痛みは取れなかった。

やはり水不足だったのでしょうか?

水曜日に会社で出会ったランニング仲間から「今年はホノルル走りましょう」と誘われて「行きます」と答えていました。あれほど「二度とフルマラソンはするまい」と誓ったのに。

さて、競技の1ヶ月前、京都マラソン事務局から電話があり京都新聞が取材をしたいとのことでした。その1週間後、産經新聞の記者と名乗る方から電話があり、電話で約30分の取材を受けました。浦安で被災し大変な目にあった事、浦安では今年ハーフマラソンを開催することが出来なかったこと、震災の1年後ということで震災の大変だった(家は傾き、水とガスは止まり、土砂が吹き出した道路の整備に1週間かかった)ことなどをお話しました。
「週末に直接取材したい」と言われ了承したものの、結局連絡なし。
もちろん新聞などへの記事の記載もなし。
なんだったのか?

それから全体的に事務局は混乱していた印象があります。
まず当選発表は大幅に予定から遅れました。
私は震災枠で応募したものの、当選の条件となる罹災証明を送ってもなしのつぶて。本当に走れるのか全く分かりません。当選した他の方たちは正式な当選通知がとっくにあったのに、です。

結局こちらから電話をして「正式当選なのでしょうか?」と訪ねたところ「そうです」との返答。

坂の厳しさ、バタバタの事務、様々考えるともう一度京都で走る気がしません。
しかし給水問題は自分のなかで決着がつかず、同じコースで再度試したい気もします。

最後になりますが、京都ブライトンホテルのホスピタリティーは素晴らしく良かったです。
また前日と当日に針治療の先生を紹介していただいたコンシェルジェ、ありがとうございます。西川治療院の西川先生に治療していただきとても助かりました。素晴らしい先生でした。休日にもかかわらず丁寧に治療をしていただいたのです。

京都はいつでも大好きです。

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京都マラソン2012 20キロ〜30キロ

やっと加茂川と別れを告げて左折。宝ケ池方面に向かいます。

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このあたりから給食が始まります。バナナがありがたい。しかし給水ー>給食と来るのです。バナナにしても、ドーナッツにしても水がないから喉に詰まる...。逆にはならないのでしょうか。
ここでも飴の袋が散在していますね。

北山通りを中心に折り返し点が3カ所あります。これが精神的につらかった。北山通りに入ると反対側のコースに「32キロ」と出ていました。私はまだ21キロ地点。「あと10キロ走らないとこの反対側に着けないの?」ととてもネガティブになっていたのです。
気がつくと両足の付け根の部分が痛い。ペースがだんだん落ちて行くのが分かります。いつもは膝が痛くなるのに、それはあまり感じません。ドヨンとして疲労と足の付け根の痛み。これが気持ちをドンドン暗くして行きます。

そしてやってきた宝ケ池への坂。

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走っている人「偉い!」。私は全部歩きました。この急な坂は500メートルほどあったでしょうか。大変です。

もう一度こちら。

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25キロ手前です。この絵だとほぼ垂直に立ち上がっていますが、坂の厳しさを物語っています。
この坂をコースに入れなくてはならない京都マラソンの事情が察せられます。つまり、観光名所として日曜日に市街地のど真ん中を走らせるわけにはいかないのでしょう。町中を避けて地図の左側から上に、北側を右(東)に走り、今度は下りるわけですね。
勝手に京都の町中を走るのは気持ちいいだろうな、なんて期待していたのですが、見事にそれは裏切られたわけです。それでも仁和寺、金閣寺、龍安寺の前を通過するために観光客には迷惑をおかけしているのですが。

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京都国際会館で折り返します。

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写真は給食の生八つ橋。かなり疲れているのでこの甘みが助かります。これぞ京都の給食。

さて、今度は厳しい下りになります。
そこで反対(つまり上り)でランナーの方が一人倒れていました。道が広いので10キロ地点のようなことはなかったのですが、それでも大変な騒ぎです。こんどは救急車のサイレンが聞こえてきたので、さすがにランナーも事情は察しました。
30キロ地点で病院の前を通過することになるのですが、この倒れた方が救急車から歩いて降りられているのを見てホッとしました。

この病院前にも30キロの折り返しがあるのですが、ドンドン精神的にも肉体的にもへばっている自分に嫌気がさしてきていました。もう金輪際フルマラソンなんて出るものか、と誓いを立てたのもこのあたりです。

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京都マラソン2012 10キロ〜20キロ

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10キロを少し過ぎると仁和寺に出ます。この当たりは少し道幅もあり、たくさんの方が沿道で応援をされています。

カメラを持っているランナーの方がたくさん写真撮影をしていたので、私も沿道の方に頼みました。

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今この写真を見て赤面してしまいました。これ、すごく邪魔ですよね。申し訳ない。

森脇選手には励まされましたが、もう一人同じペースで走っている方でこんな事をされている方。

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最初は自分のウェアでも持って走っているのかと思っていたのですが、なんと彼はゴミ袋を持って、沿道に落ちているゴミを拾っているのでした。これが結構ゴミって落ちているのです。

一番多いのは、私も持っていましたが飲み終わったパワージェルの袋。パワージェルってとても濃いのでベタベタするのです。これを道路からはがしてゴミ袋に入れていました。

次に多かったのが飴の袋。小分けされた小さいものですね。沿道で飴を差し入れしている方がたくさんいらっしゃり、とても助かるのですが、そこを起点に10メートルぐらいはゴミがすごいんです。飴は吐き出す人もいるようで、これを後続のランナーが踏みつぶし、ガラスの破片のようにキラキラ光っているのですが、あまり気持ちのよいものではありません。

ゴミは責任をもって給水所のゴミ箱に捨てて欲しい。

さて、10キロ地点から20キロ地点までは長い坂の連続です。これが体力を消耗させます。しかも暖かい。

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もう一度これを見てください。

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上ったり下ったり。ずっとなんです。私は体力温存のために、少しきつめに思える坂は歩きました。

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こちらは平野神社。桜の名所です。「珍種10品種」の桜が植えられています。昨年3月の写真がブログに載っていました。

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写真は今宮神社門前での給水です。2010年の東京マラソンでの失敗は給水でした。マラソンの本にはどれも「給水はしっかり取るように」と書かれています。その通りにしたらトイレを我慢出来ず2回。しかも大都市マラソンのため長蛇の列。それぞれ30分も並んでしまいました。おかげで体は冷える、遅れるため歩き組の流れに巻き込まれる、で散々でした。

その経験を活かし、給水は極力とらないよう。正確には必ず給水は取るが、ほんの一口だけ。これがいけなかったのです。

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今宮神社の前ではチアリーダーの応援がありました。すごく元気が出ます。

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すでにパフォーマンスを終えた高校生か大学生の皆さん。カメラを向けたら一斉にピースをしてくれました。

ここまでだいたい15キロ。まだまだ余裕があり、「京都マラソンってなんて楽しいんだろう」と楽しんでいました。タイムは1時間45分ぐらい。かなりのスローペースです。ハーフで2時間15分が目標だったのでかなり厳しいです。

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こちらは太鼓で応援してくれている子供達。よく練習されています。これがまた京都なんでしょうね。こちらだけでなく、子供達が叩く太鼓は他でもありました。

さて気がつくと加茂川に出ました。だいたい18キロぐらいでしょうか。

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折り返しがあるので、対岸も延々とランナーで埋め尽くされています。このあたりで精神的に「げんなり感」が出始めます。京都マラソンでは折り返し点が5カ所あります。常に折り返し前では前のランナー達とすれ違います。そこで感じるのは「まだまだ先だ」ということ。「折り返してまたここに帰るのかぁ」と思ってしまうのです。

20キロを手前にして疲れも出始め、これまで楽しんでいた前向きな自分が息をひそめてしまったのです。

ハーフ地点ですでに2時間半を超えていました。坂と写真撮影(笑)とここまで気がつかなかった疲労のせいでしょう。目標の4時間半はこの時点で断念。目標は完走、に切り替えたのでした。

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京都マラソン2012 スタート〜10キロ

スタートしてまず感じた事は「暖かい」でした。

前日が寒く、早朝も寒かったため重ね着をしていました。一番上には薄手のウィンドブレーカー。背中にじっとりと汗をかき始めます。このウィンドブレーカーを「いつ脱いでしまおうか」と30分ほど悩みました。

ほどなく桂川に行き着きます。すると右側に大きな顔が見えてきました。

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京都嵯峨芸術大学のビルで選手を元気づけようとしたアートです。翌日の京都新聞でその内容を読んだのですが、学生が様々な顔を撮影して、そのうちからマラ ソンランナーを元気づけるような顔を選んで大きく引き延ばしたということです。遠くからもよく見え、とても元気づけられました。

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屋上では手を振って応援。思わずこちらも手を振り返します。これはとても素晴らしい試みだったと思います。

そのまま桂川沿いを走ると渡月橋が見えてきました。この時点ですでにウィンドブレーカーは脱いでいます。100キロマラソンも普通にこなす、京都の友人が前日に「暖かくなってもウィンドブレーカーは持って走った方が良い。後半になると、明日の天候では雨も予想される。もし走れていればいいけど、ペースダウンしたら体が冷える。」と教えてくれたので、ベルトにはさんで走りました。

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そんな状況でしたが、写真を取ろうと歩道に上がったらウィンドブレーカーは消えてなくなっていました。きちんとたたまずに挟んだだけだったので落としたようです。

大会ボランティアの方々は気軽にシャッターを押してくれます。気温は8度ぐらいでしょうか。風もなくこれは厚着ですよね。後々響いてきます。

写真では分かりにくいのですが、右肩に紫色のリボンをしています。これは被災者ランナーがつけるもの。私は震災枠だったのでつけさせていただきました。しかし、100名ほどいらっしゃるはずの被災者ランナーですが、このリボンをつけた人はついに見つけられませんでした。リボンをしていても、特に周りの方も何なのか理解されていないようで、ここはプロモーションの仕方に課題があったと思います。

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渡月橋を目の前にして右折します。そうすると線路を2つ超える事になります。もちろん坂があります。

3月11日に開催された京都マラソンですが、ゼッケンに「3.11 忘れない」「一歩ずつ前へ」「今 私にできること」の3つのメッセージがランダムに印刷されています。我々ランナーは前を走るランナーのゼッケンにあるこれらのメッセージをずっと見ながら勇気づけられるのです。疲れて来ると思考能力がなくなって来ますが、このメッセージは視覚的に入って来るのでずっと意識をすることになりました。

ほぼ10キロ地点の場所に給水所があります。そこで起こったハプニングが写真です。

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突然止まったのです!ランナーが次から次へと押し寄せてくる中、一歩も進めないのです。何が起こったのか全く分かりません。結局4、5分ほど足止め状態となりました。私は「こんな時は時計を止めればいいか」と、まぁ憤る事はありませんでしたが、皆さん気分的にはイライラしていたでしょう。

そこに現れたのが森脇選手。

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どこからか台を調達したのか、皆さんを励まし始めました。彼のおかげで場は和み、止まっている時間を少し忘れさせてくれたのです。彼とはほとんど同じタイムで走っていたので、いかにランナーの皆さんの励ましになったかがよく分かりました。素晴らしいです。

5時間ほどのゴールタイムですが、彼自身はたぶん3時間ほどで走る力があるのでしょう。時折止まって励ましたり、追い抜きざまに声をかけたり。とても献身的でした。

後ほどこの途中ストップの原因を調べたら、40代の男性が心肺停止状態となり、緊急車両を通すためだった事を知りました。京都マラソンコースは狭い箇所が多く、「緊急車両出動の場合はそちらを優先」する旨が書かれています。

今回の大会では亡くなった方はいらっしゃらないとの報道もあり、おかげで助かったのでしょう。結果的には良かったと思います。

しかし課題はそれをランナーに知らせる方法が徹底されていなかったことでしょう。ボランティアの方々が体を張ってランナーを止められていらっしゃった事は大変だったと思います。ここで拡声器でも使って理由を説明すれば、イライラする人、怒鳴る人、制止を振り切る人などは出なかったでしょう。

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2012年3月18日 (日)

京都マラソン2012(概要)

1週間が経ってようやく人心地が付いてその内容を書く時間と気持ち的な余裕が出てきました。

2012年3月11日。まさに東日本大震災の1年後に京都初のマラソン大会。3月11日にぶつけたのではなく、事前にこの日程は決まっていたのでしょう。そのため震災への配慮が演出され、この日程で行う事の理解を求める様子が伝わりました。

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私は「震災枠」での参加です。本来は東北で被災された方を対象にしたものなのかもしれませんが、私も立派(?)に東日本大震災の被災者で罹災証明ももらっています。抽選外で当選し、しかも参加料が無料になりました。このありがたい配慮に感謝しつつ、かならず「完走」しなければ申し訳ない、という気持ちでプレッシャーがそれなりにありました。

スタートは西京極総合運動公園。前日入りした私は寒さが気になり、少し多めに気重ねしていました。これが結局タイムに大きな影響を与える事になる、とは思ってもみませんでしたが。

参加者は約15000人。東京マラソンの半分ほどながら、決して広くない今回のコースを考えると欲張り過ぎな気がします。

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陸上の浅原さんや千葉真子さんが大会を盛り上げてくれます。しかしこの大会を一番盛り上げてくれたのは別な方でした。それは後ほど。

マラソンコースはオムロンさんのサイトが分かりやすかったので参考に載せてみました。

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(クリックするとオムロンのサイトに飛びます)

なんとなく見てお分かりになると思いますが、見事に京都市街地を避けて作られています。しかし観光名所がどうしてもぶつかる。たとえば金閣寺や龍安寺の前を横断します。(もちろん走っている我々から中までは見えないのですが)
いずれにしても、西京極から平安神宮にたどり着く道は平坦ではありません。スタートしてまもなく桂川沿いに走ると渡月橋が見えてきます。その手前で右に曲がり数キロ進むと龍安寺と金閣寺の前。ここが延々と続く上りです。
加茂川(下流では鴨川)をうまく使いながら地図の右に進むと宝ケ池。ここの手前が最大の難所です。

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ちょうど25キロの手前が左右対称の急激な上り下りが分かると思います。つまり登って、同じコースを下る。
それをこなしていくつかの折り返し点を使いながら鴨川に行き着き、川沿いをひたすらすすむ。ここも京都マラソンの失敗なコースなんですが...
鴨川に別れを告げると京都大学などを経由して平安神宮に至る。

平地しかない浦安で坂のトレーニングが出来ず、仕方なしにジムのランニングマシンで5度とか8度とか角度を付けて走ったのですが、いやこれは不十分でした。

ということで次からコースの写真を交えて私の奮闘記を載せて行きます。

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2011年2月 6日 (日)

浦安シティーマラソン「ハーフ」自己新

恒例の浦安シティーマラソンでハーフを走りました。
結果1時間53分57秒で自己記録達成
昨年が2時間0分57秒でしたので、ちょうど7分縮まったことになります。

Run101

昨年の方が走り込んでいたのに結果は今年の方が良かったのですが、理由はいくつかあります。

1)昨年は東京マラソンの準備として位置づけたのでペース配分をゆったりめにした
2)昨年は風がひどかったが、今年はほぼ無風で暖かかった
3)10キロや5キロx3本など、スピードを重視したトレーニングをした
4)筋トレをしっかり行った
5)なにより一度フルマラソンを経験したので気持ちに余裕があった

しかしタフなこともありました。先週は仕事が立て込んでいて、月曜から金曜まで毎日深夜帰宅だったのです。最後のトレーニングが前週の土曜日だったので7日間全くなんのトレーニングも出来なかった。更にまともに夕食にありつけなかったし睡眠不足、という有様でした。
しかも昨日は出勤だったし、精神的には結構タフでした。
(でも会社のチームの皆は徹夜の連続で、深夜とはいえ帰宅した私はすこし気持ち的には負い目もあります。)

ともあれ、昨年の暮れからきちんとトレーニングを積んできたので、1週間ほどの苦労ではそれほど落ち込まないだけの体力がついていたのですね。

10キロまでは5分20秒ほどのペースでした。6分のペースだと2時間6分ですから、キロ40秒早いと40x21=840秒、つまり14分縮められるので1時間52分ですよね。

目標タイムが2時間切りだったので、これなら失速してもなんとか2時間を切れる、と考えながらオーバーペース気味に走りました。

10キロ地点でまだまだ体力に余裕があったので、「これは行ける」と思ったのですが、16キロ地点から足に来ました。5キロx3本はしっかりこなしていたのですが、やはりそれを超えると何かあります。

右膝の痛みが出てきそうな雰囲気があったので、左足中心でスピードを保てるように走りました。そこから3キロほどかなりペースが落ちたのですが、残り2キロでペースを戻し、残り1キロで更にペースアップ。最後200メートルは「ゼイゼイ」言いながらダッシュしてゴール。

こうやって振り返るとまだ余裕があったかもしれません。来年にまたチャレンジしましょう。

Run102

こちらの写真は12月から発足させて一緒にトレーニングしてきた「舞浜ロードクラブ」のメンバーです。本気モードでアップをしていた何名かが写っていませんが、メンバー的には15名ほどになりました。元々サッカークラブの保護者で作った親父サッカーメンバーや、親子サッカーで集まった人たちで構成されています。(サッカーのユニフォームで走りました)

やはり一人で走るより、一緒にトレーニングした方が気を抜かないので力がつくようです。

ちなみに一番早かったのは30代男性で1時間31分。彼は折り返し地点ですれ違っても集中していて挨拶できなかったのですが、他のメンバーとは折り返し地点でハイタッチできました。これもメンバーで走るメリットですね。やはりエネルギーがちょっとだけ湧くのです。

「舞浜ロードクラブ」というネーミングはちょっと深みがあります。ロード、には2つの意味があって、それはランニングと自転車なのです。このロードクラブの次のチャレンジは「Mt.富士ヒルクライム」という自転車で富士山の5合目まで登る大会。

私が出るかどうかは思考中ですが、皆さんサッカーにランニングに自転車に、とてもアクティブですよね。

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2011年1月10日 (月)

まくはり新春マラソン10キロで記録

Run100

奥に見えるのが千葉マリンスタジアムです。
今年で3回目となる「まくはり新春マラソン」に参加しました。11月だったと思いますが、なんか勢いで登録してしまった大会。どうせ正月もトレーニングするだろうから大丈夫と。
まぁそんな事だったので誰も誘わず一人でエントリーしたのでした。

今回の参加者は1100名だそうで、昨年より伸びたそうです。こじんまりとした大会で、やっぱりこのぐらいが落ち着いて参加できていいなぁと感じました。
人数が多くないおかげで駐車場も空いていて、舞浜の自宅から約20分で到着。
本部は小さなテントしかなく、この寒空(家を出た7:20はたったの2度!)で車で行けたのは良かったです。時間ギリギリまで車の暖房でポカポカ。

この大会は10キロ、中学生、キッヅという催しです。10キロでは「仮装コンテスト」なるものも行われ、和気あいあいな雰囲気でした。しかし残念ながら東京マラソンに匹敵するような仮装者はおらず、まじめなランニングスタイルがほとんどでした。きっと審査員は選出に苦労したことでしょう。

さてコースは幕張海浜公園で作られた3.33キロのコースを3周という、あまり面白くないものです。昨年の新宿マラソンの10キロコース、同じコースを3周とか4周とかだったのですが、あれは走っていて飽きてしまった。それを思い出させました。
しかし海岸沿いは富士山が望め、気晴らしが出来たのは悪くなかったです。

目標はずばり50分。ジョグノートでも宣言してのチャレンジです。
最初の1キロを5分13秒で走りました。体が冷えているのでまず5キロはこのペースで走ろうと決め、2キロは10分26秒と正確。そのまま5キロまで1分10〜15秒のペースで走りました。しかし6キロでさらに10秒遅くなり、加速が出来ない。

全く坂のない平坦なコースなのに、です。
結局8キロ時点で52分ペースであることが判明。少しだけ加速しました。
9キロでは時計を確認せず、ゴール前で電光掲示板が50分48秒が見えた。これは!と思ってダッシュして50分51秒。

目標の50分を達成。あと9秒遅かったら51分台でしたから。

一応これは自己記録だと思います。40代の時に浦安シティーマラソン10キロの部で50分を切ったような記憶もありますが、記録が残っていないのでこれを公式自己記録としましょう。

良かった良かった。
なにが良かったか。那須で3キロの上り坂、3キロの下り坂(つまり行って帰って)という負荷をかけたトレーニングを年末に2日連続で行ったのです。これが心肺を強くしたのだと思います。
実は前日にほぼ5キロのランをしたのですが、それをしない、あるいはもっと少なめにしていれば50分を切れたかもしれません。

まぁでも今年の目標は2月6日の浦安シティーマラソンのハーフで2時間を切る事ですから、そちらに集中しましょう。

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2010年4月25日 (日)

雨の葛西臨海公園ナイトマラソン

Run201001

4月23日(金)は葛西臨海公園で行われた10キロマラソンに参加。あいにくの雨で会社からの参加予定者は軒並みキャンセルで私一人の参加となりました。とにかく寒い。春のマラソン大会のつもりが、冬の夜の寒い大会となりました。

それでも参加者は1800人。せいぜい200〜300人の大会だと思っていたら、思わず大きな大会でした。皆さん仕事を終わらせてから駆けつけたわけですね。

39歳以下、40歳以上、女子の3つに分けてのスタートでした。(写真は39歳以下)

コースは葛西臨海公園をうまく5キロにコースを作って2周です。招待選手は嶋原清子選手

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さて19:35に40歳以上男子がスタート。みなすごいスピードで走り出します。やっぱり10キロは短距離?ハーフやフルとは勝手が違う。それに暗いので足下が怖い。慎重に走ります。

Run201003

葛西臨海公園と言えば「大観覧車」。雨で少し濡れながら「ヒタヒタ」と音をさせながら走ります。5分後に女子がスタートしたのですが、3キロ地点で最初の女性ランナーに追い抜かれてしまいました。4キロあたりでは「がんばって」と声をかけながら島原選手にあっさりと抜かれてしまいます。その後も女性に何人も抜かれ、男としては悔しい..が抜き返せない。

1周目は27分30秒。これで50分台は無理とあきらめました。でもまた女性に抜かれ続けていたのでペースアップ。2周目はちょっと心肺に負担をかけて。

結局ゴールしたら53分ジャストです。後半は25分30秒で走ったことになります。自分にしてみればまずまずのペースでした。

Run201004

しかしです。雨のため更衣室の仮テントはどろだらけ。おかげでおニューのミズノのランニングシューズ、真っ白が泥だらけになってしまいました。それだけが残念です。

終わってからはひどい頭痛。この週はタフでした...。前週の金曜日は日帰りで大阪出張し、最終新幹線で戻りました。日曜日は追悼演奏会を企画して、最後の懇親会が終わり帰宅したのは11時。月曜日は日帰り鹿児島出張。火曜日は終日会議で夜はミッドタウンで働くアクセンチュアOBの懇親会で深夜帰宅。水曜日は朝8時からの重要なプレゼンで7時出勤。夜終わったら宇都宮に車で向かい、木曜日は雨の中のゴルフコンペ。で金曜日がこのマラソンです。

さすがに金曜日は帰宅して風呂に入ってバタンキュー、でした。

 


 


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