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2018年8月

2018年8月17日 (金)

虫垂炎の手術(決意編)

おそらく傷が癒えて2週間もすれば元の生活に戻るだろう。またギュウギュウ詰の忙しない生活。ものが増え整理整頓ができず、やりたいことが先延ばし。何かプリンシプルを決めないとまた病気になる気がする。

 

1) 食事に気を使う。(両親にいただいた身体を大事に)

2) 週に2回は運動をし、週に1回は休む。

3) 他人の目を見て話す。思いやりを伝える。

4) 家族を大切にする。

5) なるべくシンプルな生活をする。

 

書こうと思ったら10も20も出てくると思うが、シンプルに5か条としよう。

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2018年8月16日 (木)

虫垂炎の手術(反省編)

さて手術や入院で感じたことを整理しておきたい。

 

一番は当たり前のことだが「健康第一」だ。健康でないと集中して物事に当たれないし、第一食事が美味しくない。自分の日常を振り返ると仕事をギュウギュウに詰め、そのため余裕がなく軋轢を生む機会が増え、体だけでなくストレスを抱える。暴飲暴食はしないけれどアルコールを飲む機会も多い。

 

質素な生活ということも感じた。入院すると制限が多い。持ち込めるもの限られる。この間はパジャマがあればいいし、スマホとテレビと本があれば生きていける。家に帰ると物で溢れている。3年間着なかったシャツやセーター。読んでない本が溢れ、電子機器のコードで床は埃だらけ。

 

もうすぐ90歳の親を見ながら老いについて学習していたつもりが自分の老いについて考えてしまった。あまり歩けなくなり、体調も不安で病院に通う。あるいは病院に縛り付けられる生活にいつかなるだろう。なるべくその時間を先延ばしにするためにどうすれば良いか。そしてなった時にどうやって希望を持って生きることができるのか。今は答えはない。

 

食事について。正直、大学病院の食事は悪くない。ちゃんと温かいし、1週間以上の入院なら朝と夜は2種類のメニューから選べる。新しい病院にはカフェもありそこで美味しいパン食だって取れる。しかしこれらは楽しみではない。ディナーにならない。入院中は食事だけでなく、水を飲むことさえ欲求がわかなかった。

退院して成城石井の食品が本当にキラキラ輝いて見えたのはびっくりした。健康のために質素に食べるべきか、せっかくの時代なので美味しいものを少しずつ楽しむべきなのか。わからない。でもせっかく与えらえれた人生と健康な期間だ、楽しみたい。ただ健康を維持することが大前提だ。危ない食品には手を出さず、品質の良いものを摂りたい。退院してすぐに本屋で買ったのは料理本。自分で旬の食材を料理する楽しみを作ろうかと思う。

 

家族について。

話を聞いて一番に駆けつけて来たのが両親だ。母親は体調が良いとは思えないけど無理して来たのだろう。父親も1日体操教室で来られなかったがそれ以外には面会時間より前にスタスタとやって来た。息子も半休を全休にして、娘はお願いしたDVDを借りて来てくれた。妻は暑い中無理なお願いをする自分に重い荷物を運んでくれた。この妻は本当にありがたい。

来てくれたらすぐに病室を出てドトールコーヒーで1時間程度話をした。これが唯一のストレス発散だったのだ。手術して息子の3年前の手術&入院に想いを馳せた。彼はもっときつい手術を受け、3日間ベッドに縛り付けられていた。愚痴も言わずに彼はよく頑張った、と今更思う。

 

家族以外に面会がなかったのは自分の普段の人間関係の下手さなんだな、と改めて思った。来て欲しいわけではない。しかし誰も来ない、というのは正直残念な気持ちになった。自分は他人に対して思いやりのない人間だからそのままそれが跳ね返って来たのだ。SNSの時代だから多くの皆様からメッセージをもらう。これはありがたい。もしかしたら昔はそういうシステムがなかったので取り急ぎ顔を見に来てくれたのかもしれないな、と自分を慰める。人に思いやりを伝える人間になりたい。

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2018年8月15日 (水)

虫垂炎の手術(後日編)

月曜日になり朝から暑い中、早速歩いて大学病院まで行く。娘にグレーの帽子を見てもらったら「10歳老ける」と言われたのでいつもの麦わら帽子を被って病院へ。

手続きをして10分待たされて会計をした。285,420円が高いのか安いのかわからない。しかしこれは安心料だ。将来への。

そのまま歩いてアトレに。すでに食欲が戻っているのでアトレの食品ディスプレイがすべて輝いて見える。病院が白黒映画ならアトレのRF/1や成城石井の食品はさしずめ4K映像だ。すべてを買って帰りたいような衝動を覚える。しかしまだ胃が多くを受け付けない。

ランチに妻と娘と蕎麦屋に行くも、蕎麦を残してしまう始末。

 

虫垂炎になった理由はなんだろう。ちょうど日経土曜版に夏は虫垂炎が多い、と言う記事があった。「夏の疲れによる体力低下が一因」「免疫力の低下を防ぐため、疲れやストレスをためないことも大切だ」。

最近は寒さより暑さに強いと自負しているので無理をしているかもしれない。試合、キャンプと飛び回った。さらに7月は強いストレスを2週間感じていた。

往復8時間のドライブでキャンプに2週続けて行ったのが疲労に繋がったことは間違いない。特に2回目は宿泊したものの、炎天下で2日間子供のサッカーを撮影していた。4時間ドライブして帰宅して程なく上腹部が痛くなったのだ。

 

ネットで調べることができる時代に自己診断とはいえ虫垂炎に思い至ったのは我ながら早い判断に繋がったと自画自賛。当日から那須に行く予定で1週間予定を空けていた。XX先生がたまたま勤務だったことも幸いした。「ここしかない」と言うタイミングでの手術だったわけだ。まだまだ自分には運がついている。

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2018年8月13日 (月)

虫垂炎の手術(退院編)

朝6時の点滴がないため起こされることもなく7時に起床。

テレビで全米プロゴルフ選手権をじっくり見た。タイガーウッズの復活!

朝食はパンだけを食べる。昼の看護師が最初の担当のSさん!

9時前に先生がいらして「特に問題がないので退院して結構です。」とのこと。スポーツの質問をしたら「傷口は縫ってあるけど、お腹の内側は縫っていないのです。腹筋に力の入る運動をするとそこが乖離してしまう可能性があるので1−2ヶ月は激しい。」との事だ。

そこから着替え、荷物整理をして10時に退院許可。

妻がやって来て荷物を持って病室を出る。特に感慨はないが、ここに5日間も居たんだな、と振り返る。Sさんがエレベーターまで見送ってくれる。彼女には本当にお世話になった。術後の夜は不安だらけ。その不安を取り除こうと一生懸命対応してくれた。看護婦が天使に見える、と言うのは当たっている。

 

日曜日なので会計ができずそのまま帰宅する。カノンが顔中を舐めて歓迎してくれる。

その後は順調だ。お臍の傷口は紫から赤、そして黄色と先生の指摘通りに変色して痛みが引いて行く。術後4日間は腹筋に力が入らなかったが6日目にはそれほど気にならなくなって来た。しかし放尿の後に痛みが残るのは術後7日目でも同じ。

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2018年8月12日 (日)

虫垂炎の手術(入院編3)

土曜日は午前5時に目が覚める。6時に採血と点滴。

8:30に回診。その結果10時には点滴の針を抜いてもらった。あとは錠剤だけらしい。部屋でシャワーを浴びる。

でも錠剤だけなのになんで入院しておかなくてはならないんだろうか?疑問だ。

 

昨日と違い、気分はスッキリしている。しかしまだ放尿をすると最初にポタポタと血液が落ちる。まだ痛い。

親父が11時に来てくれる。また1時間ほど話をする。

 

ランチは中華。おかずを食べてご飯とプリンは残した。食欲がない、と言うより普通の状態になったので単に炭水化物ダイエットをしているだけです。

 

14:00に妻が来てくれる。待ってましたとばかりにドトールに行く。ケーキを少しかじる。妻には「私の夏休みは病院通いだったよ」と愚痴を言われた。確かに申し訳ない気になる。どこかで挽回したい。

 

帰りがけにナースステーションで退院のことを聞くと「午前と午後どっちがいいですか?」と聞かれたので「最速で」と返事をしてしまう。

結局「ではお昼は出さずに朝ごはんだけにして遅くても10時には退院できるようにしましょう」と言ってくれる。

もう絶好調なので退院してもいいのにな、と思いながら残ったDVDをじっくり見ておくか、と切り替える。

 

夕食は筑前煮。大きめの鶏肉とご飯2/3を残す。

あとはDVD三昧で23:00にレンドルミンを1錠飲んで就寝。

流石にレンドルミン1錠丸々飲んだのは久しぶり(普段は半分に割る)なので本を読んでいたら30分で眠りに落ちた。

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2018年8月11日 (土)

虫垂炎の手術(入院編2)

金曜日は明け方に目が覚める。病室が東側を向いておりカーテンが遮光ではないので眩しい。アイマスクをしても眠れない。6時の点滴で完全に目が覚める。そのまま血液検査のために注射針を入れられる。

 

8:30の回診でも「問題ありませんね」と太鼓判。しかし朝らか頭痛が取れない。ロキソニンを出す、と言われたけど勘弁してもらう。

朝食はパンとオムレツ。オムレツは見るのも嫌でパンとマカロニサラダだけ食べる。パンはありがたい。

 

頭が痛いので何も出来ない。テレビを見る気持ちにもなれずiPadアプリでラジオを聞いたり、iPhoneアプリで小説「ロスト・シンボル」を聞いたりして過ごす。

お兄さんが来て「頭洗いますよ」と洗髪してくれた。頭痛は取れないけどさっぱりした。

 

やっとランチタイム。鶏肉のカレーソテー。全然食べられない。白米は1/3だけ味噌汁で流し込むようにして食べて終わり。

 

頭が痛いのだが眠こともできない。肩こりがひどくて横になるのが怖いのだ。本を持って同じ階にある休憩スペースで読みはじめる。他の入院患者の声が耳に入る。電話で小さい子供に「お父さんのいうことを聞いていい子にしてて。ママも手術頑張るから。XXちゃんも頑張って、って言ってくれるかな。そしたらママ頑張るから。」

入院しているにも関わらず大きな声で自分の話をしている70代の男性。仕事の電話をかけて「社長!社長!」と相手に大声で連発している自営業らしい男性。これから手術なので家族と一緒に手術室に移動しようとしてちょっとナーバスな女性。黙って虚空を見つめて身じろぎもしない車椅子の老女。入院しているのか、遠くからのお見舞いで時間を持て余しているのか、テーブルで宿題をする低学年の小学生二人。

ちなみにドトールコーヒのお隣のテーブルではで目が腫れているボクサーらしい。手術をしたばかりだそう。都内のどこどこ病院よりここの方が名医がいるのだそうだ。

 

14:00に妻が来る。無理やり頼んで頭痛薬の「イブ」を持って来てもらう。「医者の許可なく絶対飲むな!」念を押されたけどサクッと飲んだ。するとどうだ、30分もしたら頭痛が治ったではないか。

おかげでドトールでは結構二人で話していられた。4階の病棟にこもっていたのでとっても良い気晴らしになった。

 

夕食はなんと手巻き寿司。生の刺身はないけど、ボイルエビや卵やシーチキンや穴子。これは食欲をそそる。ご飯を1/3残しただけでおかずは完食。

夜の担当はHさん、気さくに話してくれるので気が紛れるも、一人で10名の入院患者を担当しているとのこと。実際23:00時の点滴の時にはとてもお疲れの様子。聞いたら16時間勤務なのだそう。普通のサラリーマンは残業しても普通なら10時間勤務程度だろう。看護師は重労働だ。

 

映画やビデオを見ながら午前1時に就寝するも寝付けない。こっそりレンドルミンを飲むがまだ眠れない、マイスリーも飲んでしまった。

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2018年8月10日 (金)

虫垂炎の手術(入院編1)

病棟を歩いてから「ちょっと遠いので車椅子に乗りましょうか」と言われて乗せてもらった。快適。この日は台風直撃の予報だったからか、院内は空いておりすぐにレントゲンを撮ることができた。

 

病室に戻って少ししたらXX先生がいらして手術の説明をしてもらった。

虫垂は炎症していたが大きくはなかった。ただしおなか側に曲がっていてお腹に接していたこと、憩室も炎症をしていたこと。したがって虫垂を切っただけでなく、それらの部分を丁寧に掃除して綺麗にしたこと。多少の糞石があったのでそれも取った。手術は比較的簡単に終わった。

本当は土曜日に退院で良いのだけど憩室の炎症があるので抗生剤の点滴をしっかり入れるために日曜日退院になると思う。(手術は水曜日)

と言うことで「あとは安心してください」とおっしゃった。

 

午前10時には親父が見舞いに来てくれる。部屋で1時間ぐらい話した。

水曜日は朝から何も食べておらず点滴だけで本来ならお腹ペコペコのはずだけどお腹は空かない。

12時過ぎにランチが出た。かしわご飯に煮魚。「半分」と書いてあって量は極めて少なめ。全く食べられる気がしないながら体力勝負と思って平らげた。しかし急に食べたからか、お腹が膨らんでお臍の傷口にストレスが来たのか、お腹が痛くなる。

 

14:00ごろに家族が来てくれた。息子とは「手術経験者同士の連帯感」みたいな感じで話ができた。病室は椅子が2つしかないし、落ち着かないので1階のドトールコーヒーにいく。そこで4人で1時間ほど色々話す。

息子は3日ぐらいベットに縛り付けられていたと言う話をしたので、改めて彼は大変な思いをしていたんだな、と関心をした。

 

夕方に若いドクターが来て「どうですか?」と聞かれたので「肩こりがひどい。そして頭痛も。」と話す。すると腹腔鏡手術の場合、お腹を膨らませるのに二酸化炭素を入れるが、それが体に吸収されて、結果肩こりが起こる、と説明をされた。ベッドに寝転がって、こんなことでは肩こりになるのは当たり前なんだ、と諦める。帰ったらマッサージをしてもらおう。

 

夕食はコロッケと鳥のカツがバッサリと半分。コロッケ半分を食べてもう一つには手を付けなかった。ご飯もゆっくりと噛みながら半分程度食べただけ。とにかくお腹空いてない。

 

抗生剤の点滴は午前6時と11時、午後も6時と11時と決まっている。それ以外に看護師が来ることは配膳以外ほとんどない。

テレビと家族が持って来てくれたDVDを見ていると22:00ごろ看護師が来る。頭が痛いと言うのでロキソニンを出してくれた。これがいけなかった。ご飯をあまり食べてないので空きっ腹に入れたせいなのか、突然発汗して吐き気に襲われる。

23:00の点滴の後、結局吐き気を抑える点滴を立て続きに打って、終わったのは午前1時。落ち着いて就寝したのは午前2時。

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2018年8月 8日 (水)

虫垂炎の手術(術後の夜編)

ようやく妻が通されて少し話す。何を話したかも覚えていない。とにかく落ち着かない、尿意が気になる。時間は20:30。あとで妻に聞いたらXX先生から説明をしていただき、手術自体は30分で麻酔から覚めるのに時間がかかり2時間程度手術室にいたようだ。

その日はとにかくベッドから起きられないのでテレビをつけて「夜の担当のS」さんが何度も見に来てくれる。とても眠る気がしないが、テレビを見ながらうつらうつら。看護師がいない時に尿瓶を当ててみるが尿が出る気配もない。何度も測ってもらうが50%以下、と言われる。

深夜になり看護師が来ないことを確認してフットポンプの管を最大限に伸ばしてベッドの横に半立ちになって尿瓶を当てるとポトポトで血液が漏れ始めた。でもそれだけ。

深夜も1時を過ぎ2時近くになり電気を消してもらった。眠れない。

思い出したように半立ち姿勢でおしっこをすると何回目かで少しずつ出始めた。しかし尿管が痛い。でもこれで安心して眠ったようだ。

 

約1時間おきにSさんが点滴のチェックに来てくれる。その度に少し目覚める。

そして6時に点滴の交換。抗生剤を入れた点滴になる。

「9時ごろに先生の巡回があり、そこで問題なければ起き上がれますよ」と希望を抱く言葉がもらえて「後少し!」と自分を励ます。「まぁこれはいいですよ。でも足の指を動かしていてくださいね」と言ってフットポンプを外してくれた。希望を持ちつつも2時間半は長かった。

そしてその時は8:30にやって来た。テレビで見る先生たちの回診。みんなで傷口を覗き込むようにして「良いですね」と一言。9時に「昼の看護師」さんに心電図、酸素計測器を外してもらう。

「体拭きますね。まだ手術の薬とか血液とか色々ついているので」と言われてすっぽんぽん状態で全身を吹いてもらう。恥ずかしいとか一切思わない。

そしてやっとパジャマに着替えて起き上がる。「これから病棟を歩いて、その後レントゲン撮りに行きますよ」と言われ「せっかくなのでおしっこさせてください」と頼み込んでやっとトイレで立って放尿。少しずつしか出ないし痛い。でもこれで残尿感とおさらばして晴れ晴れとした気持ちになる。

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2018年8月 7日 (火)

虫垂炎の手術(手術編)

そこからは早かった。すぐに入院する病室が準備され、家に帰ることもなく部屋に通される。自分で入院の手続きをし、両親と妻がきた頃には17時になっていた。

まずはお臍の掃除。どうもここに穴を開けるらしい。

点滴を通されて、その30分後には手術室に向かう。点滴スタンドを持って自分で歩きながら手術室へ向かう。あまり覚悟もないままに手術室に入る。なんと殺風景なものか、と思った。

そしてベッドに寝かされタオルをかけられ全ての衣服を脱がされ「名前と生年月日を言ってください」と聞かれ、答える。「XX先生もいらっしゃいましたよ」言われ、手術着を着た先生と一瞬目があう。と、いきなり口と鼻をマスクで覆われる。これが強い力で押され「しっかりと深呼吸してください」と言われる。初めてスキューバダイビングでマスクをした時を思い出す。吸っても吸っても気体は肺に来ない。思わず「吸えません」と叫ぶと「大丈夫、思い切り吸って」と言われる。これから麻酔を入れられるわけで、このまま気づきもせずに酸欠で死んでしまうのではないか、と最大の恐怖を感じた。しかしそれも長続きはしなかった。落ちてしまった。

 

ピーピーという音を感じて目が覚めた。ゆっくり覚めるというよりいきなり覚醒だ。その瞬間に喉に詰まっていたチューブを引き抜かれる。咳き込むが苦しくて声も出ない。「終わりましたよ」と言われて手術をしたことを思い出す。ここからが地獄の始まりだった。

苦しくて辛くて仰向けに寝ていられない。思わず横向きになりベットの手すりを掴む。もちろん起きることはできない。

ものすごい尿意を覚える。「おしっこしたいんですけど」というと「そのまましてください」。チューブが尿道に入っているのだ。だそうにも出せない。そして「今しか見えれませんよ」と切った虫垂を見せられた。5センチほどあったか、「炎症は先の方にありました」と説明されたが、正直そんな事どうでもよくて不快感の塊だった。

 

そのままベッドに、いちにのさん、で移されて病室に向かう。妻も一緒に病室に向かうが入室は自分だけ。まずは体を軽く拭いて「おしっこの管はそのままでいいですか?」と言われたので「抜いてほしい」と頼み込む。気がついたら両足にフットポンプがついていて定期的に圧がかかる。血栓を防止するもので、確か息子の手術後もつけられていたな、と思い出す。左指先に酸素を計測する器具がテープで止めてあり、胸には心電図の計測器。もちろん左手には点滴。身体中縛られているわけだ。

さて抜いたらからおしっこが出来るかというとこれがきつい。尿瓶をもらって寝たままどうぞ、と言われる。全然できない。これはきつい、と言うと何かの計測器を当てて膀胱に溜まっている尿量を調べてくれた。「50%以下です」と言われる。なんだか釈然としない。

見たら下半身はちっちゃい褌みたいなT字帯って奴をつけているだけ。管を抜いたので少し血で汚れている。恥ずかしいとか言っている場合でもない。

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虫垂炎の手術(診察編)

8月7日(月)にサッカーチームの5−6年生のキャンプに帯同して尾瀬武尊に行った。子供達との交流も出来、1泊で満足して浦安へ。運転時間はおよそ3時間半だった。

家に着いたのは午後4時。カノンとかるく散歩をしてテレビなど見ながら書類整理をしていた。次第にお腹の上部が痛くなる。お昼に宿泊先で食べた麻婆豆腐のお代わりがいけなかったかな?と悔やむ。

夕食の時間になり、何かお腹に入れたいのだけど痛みが取れない。とりあえず家にある豆腐と納豆を無理やり食べる。潰瘍や担炎を経験しているが異質の痛さだ。胃に千枚通しで穴を開けられたような差し込む痛み。耐えられないほどでもないけど痛さで思わず前かがみになる。

とりあえず胃薬を飲んで我慢して就寝。明け方5時前に胃の痛さで目覚める。6時に牛乳をコップに1/3。我慢できずに7時に起き出す。これは変だな?と思い出す。

ネットで胃の痛さのポイントを調べ始めた。そして1時間後には虫垂炎と確信するに至る。

早速お世話になっている先生に連絡をすると「すぐに病院にきてくれ」という返事。

もしかすると?と思ってあらかじめシャワーを浴びており、取るものもとりあえず文庫本1冊を持って病院に。

 

たまたま今日は病院に来ていたという大腸の専門の先生の診察を受けたのは9時半ごろ。問診では虫垂炎の可能性が高いね、ということだった。実際その時点では痛さは右下半身に移っていたのだ。

そのまま病院内を回りながらの検査。翌日の台風の予報があるためか病院はごった返している。血液検査は40人待ち。レントゲンを取り、CTを撮って、心電図が終わったのが15:30ごろだった。そこで画像などを見ながら再び先生の診察。他の2人の先生も交えて討議した結果「虫垂炎が一番怪しい」とのこと。自分の痛さもそれほどでもないことから腫れが大きくないのでCTにすらしっかりとは写り込んでいないし、白血球の数字も高くないのだ。

しかし「状況的には間違いなく虫垂炎」ということで「どうします?やっちゃう?」と聞かれた。抗生剤で痛みを抑えることが可能だけど、いつかは手術が必要とのことだ。本当はこの日から那須に4−5日行って家族と夏休みを満喫し、トウモロコシの収穫も考えていたので、「薬で散らして暇な10月に手術かな」とちらっと思った。

「で先生、手術するとしたらいつで、それまでどう過ごしたら良いですか?」と質問したら「やるなら今日すぐに」という答え。早くても2−3日後かと思ったらそんなことはなかった。

「今は腫れが小さいから手術は簡単。腹腔鏡で穴は1箇所。30分程度だよ。でもほっといて大きくなったら切らないとならないこともある。」と言われてあっさり「今日お願いします」と答えていた。休みにしていたからこそ影響なく入院できる、と割り切ることにした。

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