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2012年3月20日 (火)

京都マラソン2012 30キロ〜ゴール

21キロ地点で見えた反対車線の32キロ地点にやっとたどり着きました。その間3回の折り返し。あと10キロでマラソンも終わります。

最初の構想では30キロあたりのタイムが3時間20分。残りを1時間10分で走って4時間30分というものでした。

ところが時計をみて自分が信じられません。32キロ地点ですでに3時間50分。5時間を切る事が出来るのか出来ないのか。東京マラソンでトイレタイムを除いた自分の記録が5時間13分。これを上回るのが最低限の目標となります。しかしそれとて怪しくなって来ました。

なんで俺はこんな馬鹿げたことをしているのだろう。さっさと諦めて車に拾ってもらって帰ろう、と真剣に考えました。足の付け根の痛みは相当なもので、歩いているのか走っているのかわかりません。

10日前に30キロを3時間17分で走っています。その時も疲労はしたけどここまでの足の痛みはありませんでした。それが4時間半の根拠なのです。

今回は仕事の都合であまりトレーニングが出来ませんでした。2月は100キロしか走れなかった。その分、短い時間で筋力をつけるために加圧トレーニングを毎週やっていました。Stoic Familyの皆さんに支えられ、つらい加圧トレーニングをこなした結果、ハムストリングスも大腿筋もふくらはぎも、自分ではかなりの筋肉がついていたと思います。ランジを徹底したので、足の付け根の内転筋も鍛えられたはずです。

それなのにどうして30キロでこんなにつらいのか。全く理解出来ませんでした。

おかげで宝ケ池の坂(25キロ)からゴールまで撮った写真はこれだけ。

Kyoto201224

これは京都マラソンコース苦肉の策といったコース。鴨川(加茂川の下流)を3キロほど走るのですが、川沿いの道路ではなく、川縁を走ります。横にならんでも2名しか走れない幅。しかも土なので前々日の雨によってぬかるんでいます。これが大都市のマラソンコースなんて信じられない、というのが素直な感想です。靴底に土がまとわりついて走りにくい。

しかしこれも単なる「言い訳」なのは分かっています。つらいから言い訳を探すのです。ここまで来ると1キロごとに止まってストレッチをしないと進めません。坂以外は絶対歩かない、と決めたからです。
そう、同じ日にサッカークラブは千葉県天皇杯で準決勝で強豪と対戦でした。「俺がここで歩いたら、頑張っているサッカー選手に申し訳ない。あきらめて歩いたらサッカーも負ける。走り通したらサッカーも勝つ」と何度も自分に言い聞かせながら折れそうな心をなだめすかしました。
(ちなみにサッカーですが、同点で延長戦にもつれ込み、延長戦でゴールを叩き込んで勝利していました。)

ようやくこの土のコースから上がると35.5キロとなります。頭はもうろうとしており、「あと5キロだ」と思い込んで頑張ります。そんなところ沿道から「あと6.5キロ!」と声援が飛び、また気分が落ち込みます。

今出川通りでは最後の折り返しがあります。これがまた遠く感じる。2キロ弱でしょうけど、全然たどり着かない。給食も取った、パワージェルも4つ消費した。体力は絶対の自信がある、しかし体は重く前に進まない。これがフルマラソンの怖さなのです。

折り返して京都大学までやってきました。気分をまぎらわすために立て看板を一つ一つ読みながら走ります。

そして見えた2キロ手前の給水所。もうここまで来ればトイレの心配はありません。水をコップ一杯ぐびりと飲んでストレッチをしました。

500メートルも走るとなんだかエネルギーが満ちてくるのを感じました。あと1キロ半。明日足が痛くて歩けなくてもいいや、最後に力を振り絞ろう、という最後のあがき、でしょうか。
それまで歩いているのか走っているのかわからない速度、つまりキロ9分ペースだったと思いますが、いきなり5−6分ペースに戻ったのです。
足の痛みも忘れてしまい、ハァハァ言いながらも加速。残り500メートルで思わず涙が出ます。最後思い切って走れた感激。トレーニングの成果がここで出た事の感謝。

あれよあれよと言う間にゴールにたどり着きました。自分の時計では5時間18分。時計を止めたのは1回。10キロ地点のストップしていた時間帯です。

Kyoto201225

ゴール後も疲れた感じはありませんよね。
いったい何だったのだろうかと狐につままれた気持ちでした。火事場の馬鹿力、ってわけでしょうか。

翌日新幹線の中で冷静に振り返りました。
そういえば8:30スタート直前にトイレに行き、ゴール後ホテルに帰って着替えてトイレに行ったのが15:30。たいした尿は出ませんでした。
そこではたと気がついた。水不足??

そう、2010年の東京マラソンは寒い雨。京都マラソンのこの日は暖かく天気も悪くない。汗をかいた。でも給水は一口ずつだけ。
事実はわかりません。あくまでも言い訳です。

筋肉を限界まで使ったと思えない事実も。日曜日の大会だったので月曜日は左膝に疲労の痛みがあり、階段を下るのは大変でしたが、火曜日から普通に歩けた。

2週間前の赤羽ハーフの時は終わってから2、3日痛みは取れなかった。

やはり水不足だったのでしょうか?

水曜日に会社で出会ったランニング仲間から「今年はホノルル走りましょう」と誘われて「行きます」と答えていました。あれほど「二度とフルマラソンはするまい」と誓ったのに。

さて、競技の1ヶ月前、京都マラソン事務局から電話があり京都新聞が取材をしたいとのことでした。その1週間後、産經新聞の記者と名乗る方から電話があり、電話で約30分の取材を受けました。浦安で被災し大変な目にあった事、浦安では今年ハーフマラソンを開催することが出来なかったこと、震災の1年後ということで震災の大変だった(家は傾き、水とガスは止まり、土砂が吹き出した道路の整備に1週間かかった)ことなどをお話しました。
「週末に直接取材したい」と言われ了承したものの、結局連絡なし。
もちろん新聞などへの記事の記載もなし。
なんだったのか?

それから全体的に事務局は混乱していた印象があります。
まず当選発表は大幅に予定から遅れました。
私は震災枠で応募したものの、当選の条件となる罹災証明を送ってもなしのつぶて。本当に走れるのか全く分かりません。当選した他の方たちは正式な当選通知がとっくにあったのに、です。

結局こちらから電話をして「正式当選なのでしょうか?」と訪ねたところ「そうです」との返答。

坂の厳しさ、バタバタの事務、様々考えるともう一度京都で走る気がしません。
しかし給水問題は自分のなかで決着がつかず、同じコースで再度試したい気もします。

最後になりますが、京都ブライトンホテルのホスピタリティーは素晴らしく良かったです。
また前日と当日に針治療の先生を紹介していただいたコンシェルジェ、ありがとうございます。西川治療院の西川先生に治療していただきとても助かりました。素晴らしい先生でした。休日にもかかわらず丁寧に治療をしていただいたのです。

京都はいつでも大好きです。

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