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2010年3月 3日 (水)

ほろ苦デビュー「東京マラソン2010」ゴール

38キロ地点を見た。ボランティアのお兄さんが「あと4キロだぞ!」と声を張り上げている。そうあと4キロ、と思ってしまった。たった4キロなのだ。
しかしこれには落とし穴が。200メートルも走ると「あと4キロ」と看板が出ている。この200メートルは結構遠かった。そしてさっき思ったあと4キロ、はここだったのだ。マラソンは42キロでないことを改めて思い知った。この思いは42キロまで続いた。とにかく1キロ毎の表示を見て、あと3キロ、あと2キロ、と自分を励ますが、ようやく進んだ200メートル先であと3キロ、あと2キロ、の表示なのだ。これはモチベーションが下がる。仕方ないが。

40キロ地点でサッカークラブのレディースの女性達がクラブの旗を振って応援してくれているはずだった。とにかくそれだけを励みにして前に進む。何度も心が折れそうになる。ここで歩いたって記録はそんなに変わらない。みんな歩いているし何ら問題はない。そんな事を考えていると怒りがこみ上げてくる。「なんでこんな辛い思いをして走らなくてはならないのか?」

マラソンとは人生だ、と吉田誠一さんの本に書いてあった。マラソンが人生なら、人生はかくも辛いものなのか。こんな辛い人生を、人間は生まれた瞬間に泣くことで嘆きながら不幸を呪っているのか。いや、人生には辛いことも楽しいこもあるはずだ。しかしゴールを目の前にして、このマラソンは一度として晴れがましく心地好い瞬間はあっただろうか?そんなものはほとんどなかった。友人達や沿道の応援は、人生は一人だけではない、と思わせれくれるに充分だった。しかし、結局は自分の足で進まなくてはならない事も思い知った。辛い、歩こう。

しかし絶対走りきる、と心に決めた以上どんな事があっても走ろう。人生で負けたくない。俺は絶対に歩かない、と心に誓う。

ふと沿道を見ると懐かしいサッカークラブの旗!最近マラソンのトレーニングばかりをやっていて、週末のサッカークラブの応援をさぼっていた。オシムの「サッカーは人生だ」を思い出す。サッカーは最も過酷なスポーツのひとつだと言われている。90分ダッシュをし続ける。俺はこんな辛いけど、夏の大会で最後までゴールを守りきるバックスの選手達はもっと辛いはずだ。

Run017

ここでもやはり「リタイアしたと思った」と言われた。彼女たちも「もう帰るつもりだった」と思ったそうで、なおさらお互い感激出来た。とにかく例のトイレ待ちで通過時間が予想出来ない上に、ラップが表示されないのでは何を頼りにしていいか分からないだろう。ましてこの人数で見つけられる可能性はそう高くない。でも出会えた喜び。

また少し元気を取り戻してコースに戻る。やっと来た40キロ。今時計を確認すると押していない。グロスの41分52秒を採用しよう。キロ8分以上かかっていることになる。残りはあと2キロちょっと。

すでにゴールは見えている。この臨海副都心は道路もきれいで走りやすい。しかしこの2キロが遠いのだ。あそこを曲がってこう走るとあとはゴールだ、と思うのだけど、その角まで着くのが一仕事。足は全く進まず、歩いている人とそんなに速度は変わらない。痛い、進まない、心が折れそう、と「これがマラソンなんだ」と改めて思う。よく30キロの壁、と言われる。はっきり言ってマラソンをなめていた。ハーフマラソンは完全に余裕を持って走れる。しかも1月は150キロ走ったし、2月も20日までに135キロ走った。筋トレもしっかりしたし、アルコールはほとんど飲まない2ヶ月。体がマラソン用に作られているはずだ。30キロから逆にスパートしてやる。残り2キロはダッシュだ。

と心に決めていた。ところが20キロもいかないうちに足が痛み出し、30キロに来ると何も考えられないくらい追いつめられた。最後の2キロにダッシュ?あり得ない。

ようやくゴールまであと400メートル。200メートル走って右に曲がって200メートルぐらいか。またこの200メートルずつが辛い。全然進んでいる感覚がない。角にカメラが見える。テレビ放送用のカメラだ。意味もなく涙が出そうになる。感激でもない、達成感でもない、理由は分からない。とにかく涙を飲み込む。

右折してゴールが見える。「歩き組」の人たちが突然走り始める。ゴール前には観戦席があり、多くの人が歓声を上げている。歩いている人はいない。自分もせめて100メートルダッシュだ、と力を込める。しかしスピードが上がらない。腕を振っても無意味だった。エネルギーを蓄えていた「歩き組」の人たちにドンドン抜かされていく。これは辛い。さっき抜いたばかりの連中ではないか?ゴールの200メートルだけを観戦席から見ると、一番ダメな男に写っているに違いない。俺は歩き組ではない。全コースを走ったんだ、と言い聞かせながらゴールが近づいてくる。

ゴールのタイムが見えてきた。目を疑う。なんと6時間を過ぎているではないか?これは幻か?いや現実だ。普通のマラソン大会なら足きりだ。つまり東京マラソンじゃなければ自分は記録に残らないわけだ。

なんの感激もなくゴール。自責とあきらめとふがいなさとが折り混ざった何とも不思議な感覚。

Run018

走りきった充実感はどこにあるのか?マラソンなんて馬鹿らしい、こんなことは人生にとって意味がない、とやけっぱちになる。

チップを女子高生の外してもらい、メダルをもらう。一応首にかけて歩く。参加賞のタオルを女性から肩にかけてもらう。この瞬間は走ったランナーなのだ、と妙に嬉しかった。

普通ならカメラを出して、近くにいる人に撮影をしてもらうのだけど、気分は落ち込んでいてとてもそんな気にならない。

荷物を受け取り、着替えのために移動する。そこでよやく「写真を撮ってない」ことに気づく。誘導のお兄さんにやっと撮ってもらったのがこれ。

Run019

足を引きずりながら更衣室に入り。冷たいコンクリートの上に座り込んでゆっくりとストレッチをしながら30分かけて着替える。

周りには疲れ果てた男達が同じように緩慢な仕草で着替えをしている。エアーサロンパスを吹き付ける強い香りがどこからか漂ってくる。

終わった、という思いもない。頭は真っ白。エネルギーを使い果たしてもう考える力さえなくなったに違いない。

マラソンとは過酷だ。4時間を切って走る市民ランナーとはどんな人たちなのだろう。この自分よりももっとトレーニングを積んでいるんだろう。月150キロなんて甘ちゃんだ。じゃぁ仕事をしながらどうやってもっと走るのだろうか?仕事以外は全て犠牲にするのか?

そんなはずはない。自分は何を間違ったのか?ぼーっとした頭でそんな事を考えていた。

まずはトイレだ。時間のロスとだけではない。体が冷えてしまった。「歩き組」と同じレベルに下がり、サイドステップを踏まなくてはならなくなった。それがたたって左足に負担がかかったに違いない。もしトレイがスムースなら、左足が痛くならなければどうだったか。

たられば、の話は考えるべきではないが、ここで時計を調べてみると自分の中でのタイムは5時間11分37秒。勝手ながらこれを自分の中での公式タイムにしよう。あとは4時間半の目標に41分届かなかった理由を考えれば良い。

ひとつは補欠当選の知らせが12月の下旬だった事だろう。本格的にトレーニングに取り組んだのが年末。2ヶ月でよくここまで持ってきた、と冷静に考えると思う。12月の宮崎ハーフでは足が痛くてたまらなかったのに、年明けのハーフ2連戦は余裕だった。

次のことはまだ考えられないが、もしどこかで挑戦するなら余裕を持ってトレーニングしたい。

寒くて雨が降る中、応援に駆けつけてくれた皆様。ありがとうございました。きっとランナーよりも寒かったに違いありません。

ボランティアのありがたさを感じました。そしてランナーのマナーについても考えさせられた。

とにもかくにも終わった。マラソンを理由に様々な事を後回しにした。3月はその対応で大忙しになりそうだ。走ることを止めると筋肉が衰えるから、小さな大会にはエントリーしておきたい。春はもうすぐだ。うちの庭にある梅が満開になっている。

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