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ブログを2つに分割 「ワイン好きの出張記」「ブーレの書棚」 ITMedia Alternative BLOG始めました。ゴルフ修行記開始!
スウェルさんで購入したコーヒーです。
こちらをいつものペーパーフィルターとフレンチプレスとの両方で淹れて飲み比べてみました。
豆はこんな感じで挽きました。
上はペーパーフィルター用で、下はフレンチプレス用。下の方が少し粗めになっています。
まずペーパーフィルターですが、メリタです。スウェルの三浦さんのアドバイスでは、「よく皆さんフィルターも周りに盛り上がった土手みたいな部分を崩そうとして周りにお湯を注がれますが、そうではなく、真ん中を中心に小さく円を描くように」入れます。お湯は100度の沸騰したものでは美味しくできないんです。
そこで一旦湧かしたお湯を、カップで湯煎してだいたい90度程度になるように工夫しました。
まず豆に水分が行き渡る程度で豆の膨らみを待ちます。
少し置いてから小さく注ぎ始めます。
フレンチプレスは気を使います。同じく豆に水分を含ませて少し待ち、そしてお湯を適量注ぎます。撹拌して物の本ではきっちり4分を計る事、と書いてあります。長い歴史の中で4分という時間が決められたのでしょうね。iPhoneの時計できっちと計りました。
こちらがフレンチプレス。なんか浮いてませんか?ゴミじゃないですよ。
実はこれ、コーヒーの油分なんです。油が浮いているんですよ。
ペーパーフィルターではこの油分は紙に吸い取られてしまって出てこないのですが、フレンチプレスは金属の細かい網のようなフィルター。この油分が抜け出してきます。
これだとコーヒーの本当の成分が全部出てきているのですね。
ちなみにペーパーフィルターは澄んだ液面です。
さて飲み比べ。
結論はどちらが美味い、というモノではなく、それぞれの特徴が出てそれぞれを楽しみたい、ということでした。
ペーパーフィルターの方はそのまま素直な味で、バランスよくすっきりと飲めました。
一方、フレンチプレスは幾分濃いめに入ります。豆の挽き方は粗めですので、濃いというのはちょっと違うかもしれません。フィルターの目が粗い分、コーヒー豆を挽いた時に出る細かい粉や油分が入っていて、それが少し舌に「粉っぽく」感じられます。
飲み終わりに、カップの底にどろりとしたコーヒー成分が残ります。
これは凄い。アロマが感じられるのです。
つまり、同じコーヒーを飲みながら、最後にもう一度別な味を楽しめる、そんな感じです。
ここは那須だったのですが、翌日SHOZO Cafeに行ってコーヒーカップを購入してきました。
時間がたっぷりあったのでフレンチプレスで淹れてみました。
ベーカリー「ペニーレイン」で買ったブラウニーと一緒に。
GW前半にチラシが家にポスティングされていたコーヒ豆の焙煎販売のお店。新浦安から歩いて数分の住宅地にあります。
生豆焙煎工房 スウェル (Swell フレッシュネスコーヒー)さんです。
昨年12月にオープンしたとの事ですが、全く知りませんでした。でもってコーヒ豆を買いに出かけて見ました。
この日は2回目なんですが、1回目に店主の三浦さんにこう言われました。「ローストするためにはロースターを暖めるのですが20分かかります。電話でこれから行く、と言っていただければ暖めておきますよ。」
ということで電話してお願いをしておきました。
生豆はあらかじめエチオピア モカ イルガチャフィーG1が選別されていました。選別とは豆以外のものが混じったり、欠けた豆があるとロースターを傷つけたりするために手作業で行うらしいのです。
ロースターは2機あって、こちらは少ない量をローストする機械です。左には大きなロースターがちょっと写っています。
ここに豆を投入するとこんな感じでローストされています。
なんとなく豆が回転してる雰囲気わかりますか?
この作業が約15分。三浦さんは片時も離れずに温度管理をしています。温度はリニアに上がらないとローストに偏りが出るそうなんです。ですから時間と温度を常にチェックされていました。
180度ぐらいで一度パチパチと音がしてきました。ポップコーンを焼いているような..これは豆の皮が熱ではぜる音なんだそうです。でもって200度ほどでもう一度。今度は豆自体がピチピチという感じではぜています。
そして程よくローストされるとこちに移され、撹拌されます。
これは冷却作業で、豆が熱いままおいてしまうとローストのムラが出来るので、撹拌して冷ますのだそうです。
お店の中はこんな感じです。外にポットが置いてあり、コーヒを買いにきた人は自分で紙コップに入れて飲ませていただけます。
ローストしたての豆の香ばしい香りはなんとも言えません。三浦さんは「僕は4回楽しめるんですよね。ローストしている時の香り、豆をミルで挽いているいる時の香り、コーヒーを抽出している時の香り、そしてそのコーヒーをカップに入れて飲む時の香り。とっても贅沢だと思っています。」
うらやましいですねぇ。
このコーヒーをどんな風に飲んだかをまたご報告します!
4月18日ごろに京都に出張に行った時の桜がとっても奇麗でした。ソメイヨシノは終わっていたのですが、京都は様々な桜があり、しだれ桜や八重桜が満開だったのです。
タクシーの運転手さんのおすすめは原谷苑。朝早めに行ったのでそれほど混雑はありませんでしたが、ソメイヨシノが満開の頃は付近が渋滞し、苑の中も人の群れ、だったそうです。
しかし遅めの春でも桜はとっても奇麗に咲き誇っていました。
(クリックして拡大)
それでもそれなりに人は多かったのですが、少し小さな小道にそれると上のようなこんなしっとりとした風景に出会いました。ほどよく花びらが散って小道に舞い、周りの緑とのコントラストも奇麗です。
これぞ桜の小径ですねぇ。
さて、夜は白川。これが好きなんですよ私。祇園の風情があり、この小さな川は時間を大きく過去に引き戻してくれるようです。
向かって左側には料亭やバーが立ち並んでいます。
ちょっと覗き見してみましょう....
こちらはお座敷のようです。芸妓が舞を踊っているのが垣間見えます。
ちょっとプライバシーに配慮してぼんやりと。ここはカウンター割烹のようでした。皆さんお酒やワインを片手に料理と会話を楽しんでいらっしゃいましたよ。
ゆったりとそぞろ歩きしながら風情を楽しんでいると、ここだけ時間を置き忘れた感覚に陥ります。
最後はいつものジャズバー「ハロードーリィ」で喉を潤しました。桜のリキュールを垂らしたラフロイグのソーダ割りなんです。独特の強い香りのアイラウィスキーとほんのりとした桜の香りがミスマッチしていて「いやこれは今だけだし」と一期一会を楽しみました。
21キロ地点で見えた反対車線の32キロ地点にやっとたどり着きました。その間3回の折り返し。あと10キロでマラソンも終わります。
最初の構想では30キロあたりのタイムが3時間20分。残りを1時間10分で走って4時間30分というものでした。
ところが時計をみて自分が信じられません。32キロ地点ですでに3時間50分。5時間を切る事が出来るのか出来ないのか。東京マラソンでトイレタイムを除いた自分の記録が5時間13分。これを上回るのが最低限の目標となります。しかしそれとて怪しくなって来ました。
なんで俺はこんな馬鹿げたことをしているのだろう。さっさと諦めて車に拾ってもらって帰ろう、と真剣に考えました。足の付け根の痛みは相当なもので、歩いているのか走っているのかわかりません。
10日前に30キロを3時間17分で走っています。その時も疲労はしたけどここまでの足の痛みはありませんでした。それが4時間半の根拠なのです。
今回は仕事の都合であまりトレーニングが出来ませんでした。2月は100キロしか走れなかった。その分、短い時間で筋力をつけるために加圧トレーニングを毎週やっていました。Stoic Familyの皆さんに支えられ、つらい加圧トレーニングをこなした結果、ハムストリングスも大腿筋もふくらはぎも、自分ではかなりの筋肉がついていたと思います。ランジを徹底したので、足の付け根の内転筋も鍛えられたはずです。
それなのにどうして30キロでこんなにつらいのか。全く理解出来ませんでした。
おかげで宝ケ池の坂(25キロ)からゴールまで撮った写真はこれだけ。
これは京都マラソンコース苦肉の策といったコース。鴨川(加茂川の下流)を3キロほど走るのですが、川沿いの道路ではなく、川縁を走ります。横にならんでも2名しか走れない幅。しかも土なので前々日の雨によってぬかるんでいます。これが大都市のマラソンコースなんて信じられない、というのが素直な感想です。靴底に土がまとわりついて走りにくい。
しかしこれも単なる「言い訳」なのは分かっています。つらいから言い訳を探すのです。ここまで来ると1キロごとに止まってストレッチをしないと進めません。坂以外は絶対歩かない、と決めたからです。
そう、同じ日にサッカークラブは千葉県天皇杯で準決勝で強豪と対戦でした。「俺がここで歩いたら、頑張っているサッカー選手に申し訳ない。あきらめて歩いたらサッカーも負ける。走り通したらサッカーも勝つ」と何度も自分に言い聞かせながら折れそうな心をなだめすかしました。
(ちなみにサッカーですが、同点で延長戦にもつれ込み、延長戦でゴールを叩き込んで勝利していました。)
ようやくこの土のコースから上がると35.5キロとなります。頭はもうろうとしており、「あと5キロだ」と思い込んで頑張ります。そんなところ沿道から「あと6.5キロ!」と声援が飛び、また気分が落ち込みます。
今出川通りでは最後の折り返しがあります。これがまた遠く感じる。2キロ弱でしょうけど、全然たどり着かない。給食も取った、パワージェルも4つ消費した。体力は絶対の自信がある、しかし体は重く前に進まない。これがフルマラソンの怖さなのです。
折り返して京都大学までやってきました。気分をまぎらわすために立て看板を一つ一つ読みながら走ります。
そして見えた2キロ手前の給水所。もうここまで来ればトイレの心配はありません。水をコップ一杯ぐびりと飲んでストレッチをしました。
500メートルも走るとなんだかエネルギーが満ちてくるのを感じました。あと1キロ半。明日足が痛くて歩けなくてもいいや、最後に力を振り絞ろう、という最後のあがき、でしょうか。
それまで歩いているのか走っているのかわからない速度、つまりキロ9分ペースだったと思いますが、いきなり5−6分ペースに戻ったのです。
足の痛みも忘れてしまい、ハァハァ言いながらも加速。残り500メートルで思わず涙が出ます。最後思い切って走れた感激。トレーニングの成果がここで出た事の感謝。
あれよあれよと言う間にゴールにたどり着きました。自分の時計では5時間18分。時計を止めたのは1回。10キロ地点のストップしていた時間帯です。
ゴール後も疲れた感じはありませんよね。
いったい何だったのだろうかと狐につままれた気持ちでした。火事場の馬鹿力、ってわけでしょうか。
翌日新幹線の中で冷静に振り返りました。
そういえば8:30スタート直前にトイレに行き、ゴール後ホテルに帰って着替えてトイレに行ったのが15:30。たいした尿は出ませんでした。
そこではたと気がついた。水不足??
そう、2010年の東京マラソンは寒い雨。京都マラソンのこの日は暖かく天気も悪くない。汗をかいた。でも給水は一口ずつだけ。
事実はわかりません。あくまでも言い訳です。
筋肉を限界まで使ったと思えない事実も。日曜日の大会だったので月曜日は左膝に疲労の痛みがあり、階段を下るのは大変でしたが、火曜日から普通に歩けた。
2週間前の赤羽ハーフの時は終わってから2、3日痛みは取れなかった。
やはり水不足だったのでしょうか?
水曜日に会社で出会ったランニング仲間から「今年はホノルル走りましょう」と誘われて「行きます」と答えていました。あれほど「二度とフルマラソンはするまい」と誓ったのに。
さて、競技の1ヶ月前、京都マラソン事務局から電話があり京都新聞が取材をしたいとのことでした。その1週間後、産經新聞の記者と名乗る方から電話があり、電話で約30分の取材を受けました。浦安で被災し大変な目にあった事、浦安では今年ハーフマラソンを開催することが出来なかったこと、震災の1年後ということで震災の大変だった(家は傾き、水とガスは止まり、土砂が吹き出した道路の整備に1週間かかった)ことなどをお話しました。
「週末に直接取材したい」と言われ了承したものの、結局連絡なし。
もちろん新聞などへの記事の記載もなし。
なんだったのか?
それから全体的に事務局は混乱していた印象があります。
まず当選発表は大幅に予定から遅れました。
私は震災枠で応募したものの、当選の条件となる罹災証明を送ってもなしのつぶて。本当に走れるのか全く分かりません。当選した他の方たちは正式な当選通知がとっくにあったのに、です。
結局こちらから電話をして「正式当選なのでしょうか?」と訪ねたところ「そうです」との返答。
坂の厳しさ、バタバタの事務、様々考えるともう一度京都で走る気がしません。
しかし給水問題は自分のなかで決着がつかず、同じコースで再度試したい気もします。
最後になりますが、京都ブライトンホテルのホスピタリティーは素晴らしく良かったです。
また前日と当日に針治療の先生を紹介していただいたコンシェルジェ、ありがとうございます。西川治療院の西川先生に治療していただきとても助かりました。素晴らしい先生でした。休日にもかかわらず丁寧に治療をしていただいたのです。
京都はいつでも大好きです。
やっと加茂川と別れを告げて左折。宝ケ池方面に向かいます。
このあたりから給食が始まります。バナナがありがたい。しかし給水ー>給食と来るのです。バナナにしても、ドーナッツにしても水がないから喉に詰まる...。逆にはならないのでしょうか。
ここでも飴の袋が散在していますね。
北山通りを中心に折り返し点が3カ所あります。これが精神的につらかった。北山通りに入ると反対側のコースに「32キロ」と出ていました。私はまだ21キロ地点。「あと10キロ走らないとこの反対側に着けないの?」ととてもネガティブになっていたのです。
気がつくと両足の付け根の部分が痛い。ペースがだんだん落ちて行くのが分かります。いつもは膝が痛くなるのに、それはあまり感じません。ドヨンとして疲労と足の付け根の痛み。これが気持ちをドンドン暗くして行きます。
そしてやってきた宝ケ池への坂。
走っている人「偉い!」。私は全部歩きました。この急な坂は500メートルほどあったでしょうか。大変です。
もう一度こちら。
25キロ手前です。この絵だとほぼ垂直に立ち上がっていますが、坂の厳しさを物語っています。
この坂をコースに入れなくてはならない京都マラソンの事情が察せられます。つまり、観光名所として日曜日に市街地のど真ん中を走らせるわけにはいかないのでしょう。町中を避けて地図の左側から上に、北側を右(東)に走り、今度は下りるわけですね。
勝手に京都の町中を走るのは気持ちいいだろうな、なんて期待していたのですが、見事にそれは裏切られたわけです。それでも仁和寺、金閣寺、龍安寺の前を通過するために観光客には迷惑をおかけしているのですが。
京都国際会館で折り返します。
写真は給食の生八つ橋。かなり疲れているのでこの甘みが助かります。これぞ京都の給食。
さて、今度は厳しい下りになります。
そこで反対(つまり上り)でランナーの方が一人倒れていました。道が広いので10キロ地点のようなことはなかったのですが、それでも大変な騒ぎです。こんどは救急車のサイレンが聞こえてきたので、さすがにランナーも事情は察しました。
30キロ地点で病院の前を通過することになるのですが、この倒れた方が救急車から歩いて降りられているのを見てホッとしました。
この病院前にも30キロの折り返しがあるのですが、ドンドン精神的にも肉体的にもへばっている自分に嫌気がさしてきていました。もう金輪際フルマラソンなんて出るものか、と誓いを立てたのもこのあたりです。
10キロを少し過ぎると仁和寺に出ます。この当たりは少し道幅もあり、たくさんの方が沿道で応援をされています。
カメラを持っているランナーの方がたくさん写真撮影をしていたので、私も沿道の方に頼みました。
今この写真を見て赤面してしまいました。これ、すごく邪魔ですよね。申し訳ない。
森脇選手には励まされましたが、もう一人同じペースで走っている方でこんな事をされている方。
最初は自分のウェアでも持って走っているのかと思っていたのですが、なんと彼はゴミ袋を持って、沿道に落ちているゴミを拾っているのでした。これが結構ゴミって落ちているのです。
一番多いのは、私も持っていましたが飲み終わったパワージェルの袋。パワージェルってとても濃いのでベタベタするのです。これを道路からはがしてゴミ袋に入れていました。
次に多かったのが飴の袋。小分けされた小さいものですね。沿道で飴を差し入れしている方がたくさんいらっしゃり、とても助かるのですが、そこを起点に10メートルぐらいはゴミがすごいんです。飴は吐き出す人もいるようで、これを後続のランナーが踏みつぶし、ガラスの破片のようにキラキラ光っているのですが、あまり気持ちのよいものではありません。
ゴミは責任をもって給水所のゴミ箱に捨てて欲しい。
さて、10キロ地点から20キロ地点までは長い坂の連続です。これが体力を消耗させます。しかも暖かい。
もう一度これを見てください。
上ったり下ったり。ずっとなんです。私は体力温存のために、少しきつめに思える坂は歩きました。
こちらは平野神社。桜の名所です。「珍種10品種」の桜が植えられています。昨年3月の写真がブログに載っていました。
写真は今宮神社門前での給水です。2010年の東京マラソンでの失敗は給水でした。マラソンの本にはどれも「給水はしっかり取るように」と書かれています。その通りにしたらトイレを我慢出来ず2回。しかも大都市マラソンのため長蛇の列。それぞれ30分も並んでしまいました。おかげで体は冷える、遅れるため歩き組の流れに巻き込まれる、で散々でした。
その経験を活かし、給水は極力とらないよう。正確には必ず給水は取るが、ほんの一口だけ。これがいけなかったのです。
今宮神社の前ではチアリーダーの応援がありました。すごく元気が出ます。
すでにパフォーマンスを終えた高校生か大学生の皆さん。カメラを向けたら一斉にピースをしてくれました。
ここまでだいたい15キロ。まだまだ余裕があり、「京都マラソンってなんて楽しいんだろう」と楽しんでいました。タイムは1時間45分ぐらい。かなりのスローペースです。ハーフで2時間15分が目標だったのでかなり厳しいです。
こちらは太鼓で応援してくれている子供達。よく練習されています。これがまた京都なんでしょうね。こちらだけでなく、子供達が叩く太鼓は他でもありました。
さて気がつくと加茂川に出ました。だいたい18キロぐらいでしょうか。
折り返しがあるので、対岸も延々とランナーで埋め尽くされています。このあたりで精神的に「げんなり感」が出始めます。京都マラソンでは折り返し点が5カ所あります。常に折り返し前では前のランナー達とすれ違います。そこで感じるのは「まだまだ先だ」ということ。「折り返してまたここに帰るのかぁ」と思ってしまうのです。
20キロを手前にして疲れも出始め、これまで楽しんでいた前向きな自分が息をひそめてしまったのです。
ハーフ地点ですでに2時間半を超えていました。坂と写真撮影(笑)とここまで気がつかなかった疲労のせいでしょう。目標の4時間半はこの時点で断念。目標は完走、に切り替えたのでした。
スタートしてまず感じた事は「暖かい」でした。
前日が寒く、早朝も寒かったため重ね着をしていました。一番上には薄手のウィンドブレーカー。背中にじっとりと汗をかき始めます。このウィンドブレーカーを「いつ脱いでしまおうか」と30分ほど悩みました。
ほどなく桂川に行き着きます。すると右側に大きな顔が見えてきました。
京都嵯峨芸術大学のビルで選手を元気づけようとしたアートです。翌日の京都新聞でその内容を読んだのですが、学生が様々な顔を撮影して、そのうちからマラ ソンランナーを元気づけるような顔を選んで大きく引き延ばしたということです。遠くからもよく見え、とても元気づけられました。
屋上では手を振って応援。思わずこちらも手を振り返します。これはとても素晴らしい試みだったと思います。そのまま桂川沿いを走ると渡月橋が見えてきました。この時点ですでにウィンドブレーカーは脱いでいます。100キロマラソンも普通にこなす、京都の友人が前日に「暖かくなってもウィンドブレーカーは持って走った方が良い。後半になると、明日の天候では雨も予想される。もし走れていればいいけど、ペースダウンしたら体が冷える。」と教えてくれたので、ベルトにはさんで走りました。
そんな状況でしたが、写真を取ろうと歩道に上がったらウィンドブレーカーは消えてなくなっていました。きちんとたたまずに挟んだだけだったので落としたようです。大会ボランティアの方々は気軽にシャッターを押してくれます。気温は8度ぐらいでしょうか。風もなくこれは厚着ですよね。後々響いてきます。
写真では分かりにくいのですが、右肩に紫色のリボンをしています。これは被災者ランナーがつけるもの。私は震災枠だったのでつけさせていただきました。しかし、100名ほどいらっしゃるはずの被災者ランナーですが、このリボンをつけた人はついに見つけられませんでした。リボンをしていても、特に周りの方も何なのか理解されていないようで、ここはプロモーションの仕方に課題があったと思います。
渡月橋を目の前にして右折します。そうすると線路を2つ超える事になります。もちろん坂があります。3月11日に開催された京都マラソンですが、ゼッケンに「3.11 忘れない」「一歩ずつ前へ」「今 私にできること」の3つのメッセージがランダムに印刷されています。我々ランナーは前を走るランナーのゼッケンにあるこれらのメッセージをずっと見ながら勇気づけられるのです。疲れて来ると思考能力がなくなって来ますが、このメッセージは視覚的に入って来るのでずっと意識をすることになりました。
ほぼ10キロ地点の場所に給水所があります。そこで起こったハプニングが写真です。
突然止まったのです!ランナーが次から次へと押し寄せてくる中、一歩も進めないのです。何が起こったのか全く分かりません。結局4、5分ほど足止め状態となりました。私は「こんな時は時計を止めればいいか」と、まぁ憤る事はありませんでしたが、皆さん気分的にはイライラしていたでしょう。そこに現れたのが森脇選手。
どこからか台を調達したのか、皆さんを励まし始めました。彼のおかげで場は和み、止まっている時間を少し忘れさせてくれたのです。彼とはほとんど同じタイムで走っていたので、いかにランナーの皆さんの励ましになったかがよく分かりました。素晴らしいです。5時間ほどのゴールタイムですが、彼自身はたぶん3時間ほどで走る力があるのでしょう。時折止まって励ましたり、追い抜きざまに声をかけたり。とても献身的でした。
後ほどこの途中ストップの原因を調べたら、40代の男性が心肺停止状態となり、緊急車両を通すためだった事を知りました。京都マラソンコースは狭い箇所が多く、「緊急車両出動の場合はそちらを優先」する旨が書かれています。
今回の大会では亡くなった方はいらっしゃらないとの報道もあり、おかげで助かったのでしょう。結果的には良かったと思います。
しかし課題はそれをランナーに知らせる方法が徹底されていなかったことでしょう。ボランティアの方々が体を張ってランナーを止められていらっしゃった事は大変だったと思います。ここで拡声器でも使って理由を説明すれば、イライラする人、怒鳴る人、制止を振り切る人などは出なかったでしょう。
1週間が経ってようやく人心地が付いてその内容を書く時間と気持ち的な余裕が出てきました。
2012年3月11日。まさに東日本大震災の1年後に京都初のマラソン大会。3月11日にぶつけたのではなく、事前にこの日程は決まっていたのでしょう。そのため震災への配慮が演出され、この日程で行う事の理解を求める様子が伝わりました。
私は「震災枠」での参加です。本来は東北で被災された方を対象にしたものなのかもしれませんが、私も立派(?)に東日本大震災の被災者で罹災証明ももらっています。抽選外で当選し、しかも参加料が無料になりました。このありがたい配慮に感謝しつつ、かならず「完走」しなければ申し訳ない、という気持ちでプレッシャーがそれなりにありました。
スタートは西京極総合運動公園。前日入りした私は寒さが気になり、少し多めに気重ねしていました。これが結局タイムに大きな影響を与える事になる、とは思ってもみませんでしたが。
参加者は約15000人。東京マラソンの半分ほどながら、決して広くない今回のコースを考えると欲張り過ぎな気がします。
陸上の浅原さんや千葉真子さんが大会を盛り上げてくれます。しかしこの大会を一番盛り上げてくれたのは別な方でした。それは後ほど。
マラソンコースはオムロンさんのサイトが分かりやすかったので参考に載せてみました。
(クリックするとオムロンのサイトに飛びます)
なんとなく見てお分かりになると思いますが、見事に京都市街地を避けて作られています。しかし観光名所がどうしてもぶつかる。たとえば金閣寺や龍安寺の前を横断します。(もちろん走っている我々から中までは見えないのですが)
いずれにしても、西京極から平安神宮にたどり着く道は平坦ではありません。スタートしてまもなく桂川沿いに走ると渡月橋が見えてきます。その手前で右に曲がり数キロ進むと龍安寺と金閣寺の前。ここが延々と続く上りです。
加茂川(下流では鴨川)をうまく使いながら地図の右に進むと宝ケ池。ここの手前が最大の難所です。
ちょうど25キロの手前が左右対称の急激な上り下りが分かると思います。つまり登って、同じコースを下る。
それをこなしていくつかの折り返し点を使いながら鴨川に行き着き、川沿いをひたすらすすむ。ここも京都マラソンの失敗なコースなんですが...
鴨川に別れを告げると京都大学などを経由して平安神宮に至る。
平地しかない浦安で坂のトレーニングが出来ず、仕方なしにジムのランニングマシンで5度とか8度とか角度を付けて走ったのですが、いやこれは不十分でした。
ということで次からコースの写真を交えて私の奮闘記を載せて行きます。
あけましておめでとうございます。
(新しい新浦安の自宅から見た1月2日の富士山)今年も引き続き「知的で動的」な1年を目指そうと考えています。
昨年の反省
まずは昨年目標の達成度合いです
○ 読書:100冊読破 ー> なんと101冊
× ゴルフ:平均スコアは90前半、ベストスコア更新(今は89) ー> ほぼ100−110台
△ ランニング:ハーフ2時間切り、ホノルルマラソン挑戦 ー> 浦安ハーフ1時間50分 ホノルルは不参加
○ サッカークラブ:関東優勝 ー> 本当に優勝しました!
× マインドマップ:200枚以上 ー> たぶん20枚ぐらいでしょうか...
△ ギター:バッハかアルベニスの挑戦 ー> あまりに多忙な割にはカルドーソを2曲
△ 那須:8回以上 ー> 6−7回は行けたかな
△ 知的動的な人間関係:5人作る ー> でも素晴らしい人間関係は出来ましたよ
× 旅行:行った事のない国1つ ー> まったく余裕なし
全体的には60点というところでしょうか。元々欲張りすぎなんですよね。
しかし、です。8月から仕事のボリュームが格段に増えて責任も売り上げの数字だけなら10倍になりました。私の率いるチームメンバーもおおそ10倍となり(と言っても30名ほど)仕事の仕方が大きく様変わりしたのです。
これまではイノベーティブな取り組みを少ないお客様に提案するのがメインだったのですが、今は拡大が大きなテーマの一つです。そして重要なのが人材育成。
帰宅時間もこれまでよりは遅くなり、ギターサークルもいままでの半分しか行けていません。睡眠時間も1時間ほど減ったでしょうか。
更に追い打ちをかけた3.11の震災。液状化で惨憺たる状況に追い込まれ、家は傾き我慢したけど結局、新しい仕事に移行したその8月1週目の酷暑に日に引っ越し。
そんな状況の中、昨年の欲張った目標(これは仕事以外です)の60%なら上出来かな。
今年の目標(KPI)
読書:110冊読破
ゴルフ:ハンディー15まで縮める(今は25)
ランニング:京都マラソン5時間切り
サッカークラブ:関東リーグ1部昇格
自転車:Mt.Fujiヒルクライム挑戦
ギター:先生と楽しいけどちょっと難しい二重奏を演奏
知的な人間関係:深く1名
アート:日本人の現役アーティストとの交流をする
社会活動:NPO法人の本格立ち上げ(現ディスポーター浦安)
またまた欲張りだなぁ。
今年は大きな災害がないと祈っています。
日本が復興して世界の模範となるきっかけを見る事ができる年になって欲しいです。
マーケットストリートを繁華街から1マイルほど行ったところにあるZUNI Cafeは薪を使って料理をする人気のレストラン。
お店に入って気に入ったのは絵画の数々。
モダンなアートが落ち着きと華やかさを誘ってくれています。
最近白ワインが好きなので数々のカリフォルニアのシャルドネから選んだのがLewis。
1992年にナパで設立されたこのワインはあっという間に人気のワインになりました。シャルドネはナパとソノマのビンヤードがありますが、ワインリストにはソノマのワインがありました。このシャルドネはしっかりとした重みがあって、このレストランの人気料理のチキンにもちゃんと応えてくれます。
残念ながら人気のチキンは調理に1時間かかる、ということでチョイスせずに私は白身魚。
同僚のMさんは同じチキンでも調理時間の少ないこちら。
どちらの料理も良くも悪くもアメリカ的。つまり多少大味です。まぁワインが引き立つということで。
お店の雰囲気は最高ですよね。
課題はサービスかな。Yelpにも出ていましたが、この雰囲気ならもっと顧客の側にたった笑顔のサービスを期待しますが、とにかくお客が多くて忙しそう。担当するテーブルが多いのでしょうかね。せわしなかったです。
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